Die Blaue Nacht

心臓に神様のしるしをつけたい

お題はこちらからお借りしました。→https://yorugakuru.xyz/
恋人同士だけど別離も迫っている段階。心臓は概念。

「小豆さん」
 名前は執務室に入ってきた人影を見て顔を綻ばせた。
「からだはどう?おきていてへいきなのかい?」
「はい。大丈夫です——あ、今日のおやつ、ですか?」
「そうだよ。おいておくから、たべられるときにたべるんだぞ」
 そう言いながら机に盆を置く。餡子のたっぷり乗ったあんみつだった。飲み込みやすいものを用意してくれるあたり、彼の配慮がうかがえる。
「あの、小豆さん……」
 名前の邪魔をしてはいけないと思ったのだろう、そのまま部屋を出て行こうとする小豆を、細い声が呼び止めた。
 くるりと振り向いた金春色の瞳が、どうしたの、というようにこちらを見つめる。
「あと少しで終わるので、ちょっと、ここにいてもらえませんか?」

「あの……甘えさせてもらっても、良いですか?」
 名前は小豆の手を取ってそっと撫でながら、おずおずといった調子で口にした。
 言うや否や、小豆は名前の体を軽々と引き寄せると、胡座をかいた上に座らせて、後ろから腕の中に閉じ込めるように抱きしめた。
「どうしたんだい、めずらしいね」
 耳をかじるように口付けながら囁いてやる。くすぐったそうに身を捩り、名前はくすくすと笑う。甘えたいと言ったのは名前だが、小豆の方も彼女に触れられる機会があるのなら一瞬たりとも逃したくはなかった。
「いえ、その、今のうちにと思って」
 安心しきったように小豆に身体を預けて、名前は恥じらうように微笑んだ。

 今のうちに。
 その意味を理解した小豆は、ぎゅうと胸を締め付けられるような恐ろしさを感じて、腕の中の華奢な身体をさらに強く抱きしめた。
「あいしているよ。わたしのたいせつなあるじ。わたしのいとしいひと」
 耳朶を通して、体の奥まで染み入るような心地のいい声。それが、名前のためだけに甘さを滲ませるのだからたまらない。
 小豆長光というこの刀が、この人が好きで、どうしようもなく好きで離れたくなくて、名前は小豆の肩口に頬をすり寄せた。
「わたしも、愛しています……あず、」
 小豆さん、と言いかけたところを、優しく頬を滑った大きな手に遮られてそっと口付けられた。温かさを確かめるようにゆっくりと下唇を食まれて、甘い幸福感がじんわりと体を満たしていく。満たして、満たされて、染み込んで、いっそ一つになってしまえればいいのに。どちらからともなくそんなことを思いながら、それができないことだってわかっている。
 だからこそ願わずにはいられない。せめてどこか、何か一つだけでも。例えばこの、いつもよりも存在を主張する胸の真中に、と。

 ”心臓に神様のしるしをつけたい”