Die Blaue Nacht

初めて運命があると知った

タイトルは「確かに恋だった」様からお借りしました。
歪な関係から抜け出せないジルベールとユージェニーの話。の、終わり。

 部屋の扉を開けた瞬間、異変に気付いた。鉄錆の匂いが鼻をついたからだ。そういうのを好む客もいるが、彼女は自分の客にそんなことを許さない。
 小さな浴槽に張られた湯は赤く染まり、対照的に、血の気を失った彼女の肌が恐ろしいほどに白かった。
 抱き上げた身体は軽く、甘く麗しい香りがした。最高級のバラ水を使った香水の香りだった。身に纏った真紅のドレスにも見覚えがあった。あの時――彼女が公爵令嬢としての最後の日に着ていたものだ。化粧をし、香水をつけ、高級なドレスを身につけ……しかし彼女の、自分の身すら焼き尽くしそうに苛烈な金色の瞳は閉じられていて、なぜだかそれに安堵してしまった僕がいる。
 彼女は他の誰でもない、ユージェニー・エルヴェシウスとして死んだ。全て焼き尽くして去っていった。
 
 大勢の男の運命だった女。僕の運命にはなれなかった女。
 ――その女の運命だった、僕。
 
 さようなら、美しいひと。