ほしあかりのよる

 Wanderkinder im Spiegelland

Sommermorgen

結婚してる時空のカイザーと夢主のとある夏の朝の話。だいぶ未来。
描写はゼロですが、前提として「昨晩はお楽しみでしたね」の空気はあります。

カイザー、試合中は指輪できないし、いちいちつけたり外したりするのも面倒だし無くしても嫌だから、ということで結婚指輪はネックレスにしている、という設定です。

 淡いグレーのサマーブランケットは、日の光を受けて白く輝いていた。

 
 名前が薄く目を開けると、寝室は窓から差し込む日光で眩しいほどに明るかった。無意識にブランケットを顔まで引き上げたものの、薄い夏用のそれは多少の光を和らげただけであまり違いはない。観念するように一度ぎゅっと目を閉じると、明るさに目を慣らすようにゆっくりと瞬きをして今度こそしっかり目を開けた。伸びをするように腕を伸ばせば、あると思っていた温もりはなく、さらりとしたシーツには暖かさの名残すら消え去っていて、彼――カイザーがもう随分前に起き出していたことを知る。やたらと部屋が明るいのもカーテンと、それに窓も開けられているからで、これも先に目を覚ましたカイザーが開けていったのだろう。部屋のドアを見ると少しだけ開いていて、そこからほのかにコーヒーの香りが漂ってきている。その香りに刺激されて頭と体が急速に覚醒した名前は、緩慢な動きで体を起こして――そこで初めて、やたらと体が重いことを自覚した。昨晩も存分に彼に抱かれたことを思い出す。そうやって二人で過ごす時の記憶はまるで夢のようにぼやけていることも多いが、何も身につけていない自身の体と、目覚めたばかりだというのに体じゅうに纏わりついている倦怠感が、昨晩のことも夢ではなかったのだと伝えてくる。
 
 時計を見る。九時半。予定があるわけではないが、いつもよりかなり遅いし、毎朝鳴るはずのアラームにもまるで気付かなかった。それだけ深く眠っていたということなのだろう。――なんにせよひとまずはベッドから出よう、と動きたがらない体に力を入れたところで、寝室へ近づく足音が聞こえてくる。半端に開いたドアを背中で押すようにして、コーヒーの香りとともにカイザーが入ってきた。いつもなら脚で適当にドアを開けることもあるのにそうしないのは、両手にコーヒーの入ったマグカップを持っているからなのだろう。ひどく寝癖のついた髪を無理やり一つにまとめている姿がいかにもやる気のない日の朝、という感じだった。
「起きたのか」
「ええ。――おはよう、ミヒャエル」
「ああ……おはよう」
 ベッドのそばにある小さなテーブルに湯気の立つマグカップを置くカイザーを見ながら何でもない挨拶をして、そういえばいつからこんなやりとりをするようになったのだろう、と名前は起き抜けの頭でふと考えた。もちろん答えなど出ない。『いつのまにか』に決まっているのだから。
「ここで食べるだろ、朝」
 流石に裸のままでいるのが憚られたのだろう、ブランケットを体に巻き付けながら起きあがろうとする名前をチラリと見て、カイザーが自分のマグカップからコーヒーを一口啜りながら言う。
「持ってくるから待ってろ。――あと、服着ろ」
 その辺りに落ちていた下着と部屋着を無造作に拾い上げて名前の方に放ると、カイザーはまた寝室を出て行った。朝食をここで摂るのは決定事項らしい。しばらくして戻ってきた彼の手には、今度は二人分のプレートがあって……きゅうりとハム、チーズを挟んだライ麦パンのサンドイッチと、赤茶色につやめくブレーツェルがそれぞれ載っていた。
 マグカップに加えてプレートを置けば小さなサイドテーブルはいっぱいになってしまって、あからさまにキャパオーバーだった。そのちぐはぐさがなんだかおかしかったのと、寝室で朝食を食べるという後ろめたさみたいなものもあって、名前は思わず笑ってしまう。それを何と捉えたのか、早くこっちに来て座れよ、とでも言うようにカイザーが視線を寄越したので、名前はベッドを回り込んでテーブルにつく。椅子に座ろうとしたところで――不意に伸びてきたカイザーの腕に抱き止められた。
「ミヒャエル? どうしたの」
「あー、……体は、大丈夫だったか?」
「体? ……どうして?」
「いやお前……昨日途中で意識飛ばして寝ただろ」
「…………え、あ……そう……私、途中で……? あの、少し怠いけど……ええ、体は大丈夫」
 名前の昨晩の記憶が曖昧なのは、途中で力尽きて眠ってしまったかららしい。名前が「少し怠い」と言うのを聞いて、その体を抱き止めているカイザーの腕がするりと動き、大きな掌が名前の腰のあたりを撫でた。……彼自身、無理をさせたと自覚しているようだった。いつもなら名前の方が先に起きて朝食を作るのに今日は逆なのも、わざわざ寝室に運んできたのも、一応彼も昨晩のことを気にしているからだ。体を撫でるその手つきに紛れもない気遣いを感じて、名前は安心したようにカイザーの逞しい胸板に体を預ける。そうすれば首から下げられた結婚指輪が目の前にあって、名前は右手で――結婚指輪をしている手で――その指輪を撫でた。
 一度ぎゅうと抱きしめられ、次いで指輪を撫でていた指を取られて薬指、の指輪に口付けられた後、名前はゆるゆると開放された。
 
「問題ないならいい。……さっさと食うぞ、コーヒーがぬるくなる」

* * *

 温められたブレーツェルをちぎると、ふんわりとした生地から湯気がたちのぼる。香ばしく歯ごたえのある外側と、白くふわふわの内側を一緒に頬張れば、ほど良い塩味が体に染み渡っていく。
「おいしい」
「……なんだそれ、当てつけか?」
「違うわ、本当にそう思ってる」
「ブレーツェルは温めただけだし、サンドイッチも切って挟んだだけだぞ」
「それでも、おいしいわ。ありがとう……ミヒャエル」
「……」
 満更でもなさそうに鼻を鳴らして、カイザーも自身が作ったサンドイッチにガブリと噛み付いた。別に高級でも何でもないライ麦パンに、冷蔵庫にあったものを適当に出して挟んだだけのサンドイッチ――つまり、非の打ち所がない夏の朝だった。