Die Blaue Nacht

彼岸花の咲く本丸 その後

「友人の名前」に”子ども”の名前を入力してお読みください。男性名推奨。
小豆さに前提ですがその後の話。断片です。

「ここ、どこだ」
 転送ゲートをくぐった揺らぎが収まり、一歩足を踏み出したところで友人の名前はぽそりと呟いた。
 瞬間、ぐいと腕を引かれ、逆に引いた力で前に出た加州が、抜刀しながら辺りを見渡す。
「動かないで。ここはうちじゃない」

 そこにあるのはまごうことなき『本丸』。確かにそうなのだが――そこは友人の名前の本丸ではなかった。
 風はなく、音もなく、動くものもない。静寂に包まれた本丸に、一面の彼岸花だけが咲いている。彼岸花が本丸に咲いていること自体はおかしなことではない。そういう景趣だってある。しかしここは、本丸に彼岸花が咲いている、というより、彼岸花畑の中に本丸の建物が建っていると言った方が良いほどだ。これはちょっと、普通ではない。

 会議の帰り、政府のゲートからいつも通りに自分の本丸へと転移したはずだった。操作も感覚もいつも通り。普通にゲートを起動して、普通にくぐっただけだったのに。
 気付けば見知らぬ場所に立っていた。
「主、ゲート見てみて。戻れそうならすぐ戻ろう」
 加州は油断なく辺りを見回しながら友人の名前に指示を出す。見たところ何もない。彼岸花と、建物があるだけだ。聞こえる物音といえば自分たちの呼吸や身じろぎする衣擦れだけだし、そもそも何かがいるという気配すらしない。しかしそれこそが、異質だった。曲がりなりにも本丸、に見える場所、だ。持ち主や刀剣男士がいるはずだ。馬などの動物だっているだろう。そういった、何か生き物がいるという気配が、人より余程感覚の優れた加州にすら読み取れない。そもそも咲いている彼岸花が全て、そよりともしないのだ。悪意は感じないが、善意もない。ただただ静寂があるだけで、それがなにより不気味だった。
「加州……だめっぽい。ゲート動かなそう。……というか、これ、ずっと使われてなかったみたいだ」
 加州に言われてゲートを操作しようとしている友人の名前が小声で囁くように告げる。静かすぎるこの場所で、その声がやけに大きく聞こえた。
「……電源が入ってないというか、霊力がないから動かないって言った方が良いかも。予備電源は……ああ、これもだめか」
 友人の名前はゲートの装置にあちこち触れながら考える。そして出した答えは電池切れ、ならぬ霊力切れ、だった。

 友人の名前の見立てはこうだ。
 この転送ゲートはおそらく長いこと霊力の供給を受けておらず、さらにその期間が長かったから、通常なら何かあった時にゲートを起動するための霊力を貯めておく予備電源すら空になっている。
 製造年が書いてあったがかなり古く――というより、この審神者制度が始まった頃に作られたもので、今はもう機器の更新がされているからこんな古い型を使っている本丸などないはずだ。
 ――つまりこの本丸は、それほど昔から存在し、それほど昔から放置されているのではないか?

「そっか……何とかして帰る方法考えないと……通信端末は使える?」
「待って……うわ、俺『圏外』なんて表示初めて見た。使えなそう」
 沈黙が落ちる。一面の彼岸花は相変わらずそよりともせず、2人が黙ると痛いほどの静けさが辺りを圧倒する。それを振り払うように、友人の名前はよいしょとあえて声を出して伸びをした。
「じゃ、加州。本丸に入ろう」
「は?え、ここ入んの?」
「んー、まあ俺もさ、入るのはなんか嫌だけど。このゲート、霊力切れてるからさ。供給しようとしたら執務室行くしかないよなって。執務室ならもしかしたら外と連絡取れるかもだし」
「あー、そっか。そうね、そうするしかないか。ま、不気味ではあるけど今のところイヤな感じもしないし。行こっか」
 友人の名前の何事にも動じない、あるいは何事も前向きに捉える性格は彼の長所であり、また短所でもあった。そんな友人の名前を主に顕現した加州清光もまた主の薫陶を受けてか、多少物事をおおらかに考えるところがある。転移の不具合で見ず知らずの場所に飛ばされたとなれば一大事だが、悲壮感が漂わないのは彼らの性格が大きい。少しずつこの場の雰囲気にも慣れてきたからか、警戒はしつつもいつもの雰囲気を取り戻し、二人は彼岸花をかき分けて建物へと歩き出した。
 
 二人が動くたび、足元の彼岸花が揺れ、二人が歩くと踏みしだかれた跡が残る。しかし二人が通り過ぎた後には、再び一面の彼岸花畑は静寂を取り戻し、よそよそしく佇むばかりだった。

* * *

 赤を基調とした豪奢で美しい着物が一番奥、上座に落ちている。あそこは、本丸の主が座るところだ。着ていたのをそのままにして放置したように、畳の上に無造作に広がっている。
 悪意も善意も何も感じないのは相変わらずだが、突然現れた生活感……のようなものに不気味さを感じて、加州と友人の名前は足早にそこを通り過ぎようとしたのだが、ちらと着物を振り返った友人の名前が声を上げた。
「加州あれ……こんのすけじゃないか?」
「えぇ?――ほんとだ、あの感じはこんのすけだね」
 着物の中に、明らかに布ではないものが埋もれている。ふさふさの白っぽい毛、あれはこんのすけのものだ。
「――加州」
「ええ!俺嫌だよあんなあからさまにヤバそうな着物触るの!」
 言いながらも、仕方ないなと恐る恐る近づいた加州が、そっと素早くこんのすけを引き寄せてすぐに友人の名前の所へ戻ってくる。
「……動いてないな……これも霊力切れかな」
 うんともすんとも言わないこんのすけをためつすがめつして、加州はそれを友人の名前に渡す。悪いものではないというのは確認済だ。
「これも、古いな……ゲートと同じくらいに作られたやつだ。霊力供給が行き届けばこいつも目を覚ますかなあ」
 霊力が切れて動かない以外は、毛並みも良くふわふわしていて健康そのものという印象だった。もちろん本物の生き物ではないので、健康も何もないのだが、きっとこの本丸で大切にされてきたのだろう。無造作に落ちていた着物も、埃など積もっていない清潔な屋敷も、霊力状況を見れば長い間使われていないはずなのに、つい先程まで誰かがいたような気分にさせる。
 こんのすけの艶やかな毛並みに指を遊ばせながら、友人の名前たちは大広間を後にした。

* * *

 執務室には問題なくたどり着けた。本丸のつくりが友人の名前の本丸と似ていたからだ。とはいえ友人の名前はまだそれほど本丸の増改築をしているわけではないので、おそらくデフォルトの本丸デザインが同じようなものだったとか、そういうものだろう。
 本来であれば結界があったり審神者の霊力が込められていたりして部外者が勝手に開けることなどできないはずの執務室の扉は、しかし何の抵抗もなくするりと開いた――まるでつい先ほどまで手入れがなされていたかのように、なめらかな動きだった。
「やっぱさあ、嫌な感じはしないけどどう見ても不気味だよね……主は端末動かしてみて。あれって確か、霊力流せば起動するんだっけ」
 加州が先頭に立ち、執務室に足を踏み入れる。続いて入った友人の名前は、言われたとおり端末を見つけるとそちらに向かった。

「これ、日記だね。ここの審神者がつけてたみたい。……病弱で、あんまり長くはなかったみたいだ」
 友人の名前は加州が部屋のあちこちを探るのを横目に見ながら端末を起動する。古い型ではあったが、どこを触れば霊力を流せるかなどはわかった。問題はうまく起動してくれるかどうかだったが、この本丸の”つい先程まで使われていたような”印象から、あまり心配はしていなかった。思ったとおり、自分の霊力が流れ始めてしばらくすると、小さな音を立てて端末は起動した。友人の名前にも見慣れた政府のマークが画面に浮かび、次いで本丸全体に霊力が足りておらず、結界もそうだが転送ゲートの使用にも差し障る、といった警告文が表示される。実際、ゲートは1度使用するごとに結構な霊力を消費する。警告文を見る限り、使えるようになるまではもう少しここにいるしかなさそうだ。やることもないので、友人の名前は端末に保存されたデータを確認することにした。……多分にプライベートなことでもあるので気は進まなかったが。

「あっ」
「え……?」
 2人が声を上げたのは同時だった。
 加州の方は、日記に挟まっていた写真がひらりと落ちたから。友人の名前の方は、メールにあったこの本丸の主の名を見たからだ。
 加州が差し出した写真。本丸の全員で撮影したらしい集合写真だった。審神者なのだろう、中央にいる女性は、広間に落ちていたのと同じ着物を纏っている。しかし友人の名前の目が釘付けになったのは着物ではなく、彼女の顔だった。
 そして、この本丸の主の名は、「織」。

「これ…………母さんの本丸だ」