Die Blaue Nacht

萌え出て煙る

歌仙が自分の恋心に気づく話。夢主の名前は出ません。

「なんてことだ」
 溜息と共に歌仙兼定は呟いた。
 本丸は雨。静かな雨音が周囲を包み、目線の先の藤棚にも雫が滴っている。
 五分咲き程度だろうか。水滴は藤紫に弾け、幹を黒々と濡らして滑り落ちていく。

 物思いに沈む浅葱の瞳に映る藤棚と曇天が不意に揺らいだ。
 このまま体の芯まで雨に濡れてしまいたいような不思議な焦燥感と、息がつまるような幸福感がこみ上げる。

 ——きみへの心を知ってから、きみへの想いが溢れて止まらない。きみを想うだけでこんなにも幸せなのに、なぜこの想いはこうも膨らみ続けるのだろう——

 凭れるように手をついた縁側の柱はしっとりと湿気を帯びて冷たい。それがさらに、自身の心に籠った熱を自覚させた。

 主に恋をしている。
 ただそれだけのことだった。こんなにも簡単な言葉で説明できてしまう事象だというのに。

 ——恋や愛の歌ならば数え切れないほど知っているのに、この心を表す歌を、僕は知らない。

 逸る心を覆うように、歌仙兼定は静かに目を伏せた。
 萌え出て煙る皐月、雨音の庭。