Die Blaue Nacht

パンセ・ルージュの夢の果て(断片・あらすじ)

ジルベール・ロジェとユージェニー・エルヴェシウスの歪な関係。位置づけとしてはジルベールのフェイトエピソードです。
断片や構想、あらすじです。文章になっているところも飛び飛びです。

 新女王の即位から1年。
 東部公爵領に反乱の動きあり。

 鎮圧に派遣されたのは、ジルベール・ロジェ率いるアーカントの精鋭、騎兵連隊だった。東部はアーカントの食糧庫である。延々と続くなだらかな丘陵地帯では国内の穀物生産の大部分を担い、古くから大規模農場で栄えてきた。その分旧権的な大貴族も多い。革命により”卑しい平民ども”の手によって押し上げられた新女王に反感を抱く者も、いまだに多いのだ。
 だからこそ、速やかな反乱の鎮圧が求められた。食糧生産の要であり、ここを抑えることは女王エレオノール にとっても国民にとっても必要不可欠である。そして、革命に端を発する内乱で疲弊しきったこの国で、さらなる戦乱など誰も望んでいないのだ。少なくとも、現王朝と国民の大半は。このような理由から、地形上有利が取れ、圧倒的な武力を誇る騎兵連隊が鎮圧に向かうことになったのだった。
 速やかに、とは言ったが、ジルベール達の前途はこの上もなく順調だった。今回の反乱の首謀者たるエルヴェシウス公爵にも、もちろん私兵集団がいたし、領民に対しても王都からの敵と戦うよう触れが出されてはいた。しかしそのほとんどが平民であり、彼らはジルベールらを前にして武器を構えるどころか、むしろその進軍を歓迎した。公爵の搾取はひどいものだったし、自分たちが革命を経て生まれ変わった国から取り残されていると感じていたからだ。そういうわけで騎兵連隊の面々は、ほとんど戦いらしい戦いもせず、公爵の居城にまで迫ることになった。
 さすがに、この期に及んで公爵に付き従うと決めた者たちが守る城は、そう簡単には落とせない。公爵も自らが陣頭に立って指揮をとっているため、相手方の士気も高い。防衛戦というものはいつだって守る側が有利なもので、セオリー通りにいけばジルベールらは厳しい戦いを強いられるということになる。
 だがジルベールにも策はあった。正直なところ、こんな革命の尻拭いのような反乱鎮圧で犠牲者を出すなど馬鹿らしいと考えていたし、女王エレオノールからも無駄な血を流すなと命を受けていたからだ。
 彼は愛馬とともに単身最前線に陣取ると、兜を外して名乗りを上げた。常なら女性の黄色い悲鳴を一身に浴びる彼の容貌は自信に満ちている。

 あえて兜を外して見せたのは、ひとえに公爵を煽るためだった。こちらにはこれほどの余裕があるのだと見せつけて、公爵を引きずりだそうとしたのだった。
 戦巧者であれば、そんな煽りを受けてのこのことおびき出されることもなかっただろうが、公爵は騎士でもなければ戦士でもない。煌びやかな鎧をまとって指揮棒を振り下ろすだけのお飾りであり、政争を勝ち抜く戦略には通じていても、戦いに勝つための戦術や戦略には疎かった。

* * *

 結果は当然、ジルベール達の圧勝。公爵の邸宅に踏み込むジルベール達だったが、そこにはエルヴェシウス公爵の一人娘がいて――ジルベールによっていとも簡単に拘束されるユージェニーだが、その手には小さなナイフが握られていた。
「女王陛下はもうこれ以上この国で血が流れるのをお望みではない」
「女王陛下……?なにが陛下か!あの女こそが王家を裏切ったのだ!裏切り者のエレオノール!」
ユージェニーは逃れようと力づくで暴れるものの、ジルベールはそんなことではびくともしない。
「民衆を長い間裏切り続けてきたのはあなたたちだろう。そんなだから、あなたは選ばれなかったんだよ……あなたは確かに美しいが、その美しさはどうやって保たれていた?この国では皆生きるために、大事な人を守るために必死なんだ。その必死に生きてきたものを、あなたたちはただただ掠め取って生きてきた」
「あなたも、生きるために努力しろ。公爵は死んだ。さっき僕が討ち取った。公爵夫人もだ。夫の死を聞いて、潔く自害したよ。同情はしないが、2人とも見事な最期だった。
ではあなたはどうだ?ナイフを持ってはいるが、そんな小さな刃では僕には届かない。それを自分に突き立てる勇気もない。生きていたいってことだろう。僕もあなたの命まで取る気はない。
公爵家がなくなっても、底辺にまで落ちるわけじゃない。普通に働いていれは普通の生活は手に入れられる。才覚があれば、また豪華な暮らしだってできるだろう。家の名がなくたって幸せにはなれるさ」

「話は終わりだ。普通の生活を営む前に、公爵令嬢としての最後の責務を果たしてもらおう」

* * *

 公爵家の生き残りとして、反乱の咎について王の裁きを受けるユージェニー。
「嘆かわしい、嘆かわしい!いつからこの城は平民が土足でうろつくようになったというの!」
罪人として囚われの身とは言え、ユージェニーの容姿は衰えることがない。最大限に着飾って堂々とエレオノールの前に歩み出る姿はまさに貴族だったが…革命を成し遂げこの場に立つオリヴィエは、今にもユージェニーに掴みかかりそうにしている。平民の出ながらこの地位にまで上り詰めたレオンも、いつもよりさらに無表情だった。
「エレオノール、簒奪の王!盗んだ玉座からの眺めはさぞ素晴らしいだろう!」
貴族らしく堂々とした態度を決して崩さないユージェニーに、しかしエレオノールはどこか憐れみのこもった視線を向ける。
「ユージェニー。ここはあの内乱を経て生まれ変わった国なの。王のための国でも、貴族のための国でもない。当たり前に生きる民衆のための国よ。あなたの知る国ではないかもしれないけれど、それが私たちの選択。そして、私は民衆にこの玉座を託された者として、国の平和を乱すものを許しはしない。」
ひとつ、ため息をこぼすと、エレオノールは立ち上がって告げた。
「現時点を以て、エルヴェシウス家の爵位を剥奪します。公爵家の土地及び資産は凍結、没収。以上」

* * *

ピアノの名手だったユージェニー。家族も家の名も財産も、全部無くして放り出すのは流石にあまりにもだったので、住み込みの楽器工房の手伝いを紹介(ほぼ強制)され、そこで暮らし始めましたが、しばらくして逃亡しさらに落ちぶれてしまいます。

きちんと地道に働けば審美眼もあるしそれなりの生活ができたし、もしかしたらピアニストとしての道もあったかもしれないのに、エレオノールの温情によって与えられた生活が許容できなかったユージェニーです。

ちなみにエレオノールは、ジルベールがユージェニーを生かして連行したことや爵位を剥奪したことについて、「ジルベールの判断は正しかったし、判決についても可哀想ではあるけれど、彼女だけ特別扱いはできない。(そして、私を選んだ民衆の判断…それが正しかったと、私が証明しなくては。)」と思っています。
ユージェニー逃亡の知らせを聞いて、残念だと思うと同時に、きっとユージェニーのことだから我慢ならなかったんだろうな、とわかっています。でももうエレオノールにできることはないし、できたとしてもしようとは思っていません。

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 逃げ出したユージェニー、しかし生来の「人に愛される」性から高級娼婦にまで上り詰めてしまいます……
後半はそんなユージェニーと再会してしまったジルベールの話です(地獄)。

* * *

「ユージェニー・エルヴェシウス…か?」
娼館で再会してしまうジルベールとユージェニー。
以前は貴族の娘らしくたおやかで、凄みのある美ではあったもののふっくらした女性らしい美しさを誇った彼女が、今やかなり痩せ、肌の艶も以前ほどではない。しかしそれでも、それ故に彼女の瞳は以前よりも強く勁く輝いていて、それでいて掴めば折れてしまいそうな儚さと醸し出す憐れさによって、えもいわれぬ魅力がある。――庇護欲と支配欲を煽る、蠱惑的な姿だった。
(以下、それっぽい会話やセリフ集)
「知らないわ、そんな人。私はレネー」
「レネー、なんて、そんなに陛下が羨ましいのか」
「――っ!生きろと言ったのはお前でしょう!そのための努力をしろと!」
「せっかくの土台から逃げたのはあなただろう。その結果がこれか?」
「知っているわ、ジルベール・ロジェ。世間はお前を副騎士長だの何だのと褒めそやす!だが私は知っている。お前は我が父母を殺し、我が家を奪った暴徒に過ぎないわ」
「私を買ったのでしょう?何をするの」
「……何もしなくていい。早く部屋を出れば怪しまれると言うなら、一晩ここで過ごせばいい。僕は床ででも寝るから君はベッドを……」
(ここまで言いかけてジルベールは思いっきり平手打ち食らってます)
「そこまで私を侮辱する気…!?出てお行きなさい。お前にだけは、憐れみなど……っ」
「……いいだろう、そこまで言うなら——」(暗転)

* * *

ジルベールに娼館に通う趣味はないのですが、誘われてお酒だけ飲みに来たとかそういうやつです。
普通に良い女、なので抱けちゃうんですよね(この辺がジルベールの酷いポイントなんですけど…)。
それにそこまで言われて”怖気付く”なんて男が廃るというか、そこまでの覚悟を決めた女を無碍にもできないという…
というか、ユージェニーとしてもお金をもらった娼婦が差し出せるものなんて自分自身しかないんですよね…お金突き返すのも癪だし…
娼館って、結構ひどいことされたりすると思うんですけど、ジルベールに嗜虐趣味は無いし、相手がそれこそあのユージェニーなので優しくしてしまって…優しくなんかされたくない、とユージェニーも言うんですが、「嫌、嫌…優しく、しないで……っ」「じゃあ酷いことでもされたいのか?」みたいに返されたとき、「酷くする」という言葉に無意識に怯えてしまうし、それに自分でも気づいてしまって、でもやっぱり優しくされるのも嫌で、でも優しくされたのなんて初めてで…いろいろとしんどくなるユージェニー…………
明け方、ユージェニーが眠っている間に部屋を出るジルベール。彼女の服の間に光るものを見つけたので見てみるとそれは小さなナイフでした。(手の届く範囲には危険なものは置かれてないというのは確認済です)
なんとなくずるずると関係が続くうち、ナイフの話にもなる(というかおそらくユージェニーがナイフを持ち出す)のですがジルベールに一蹴されるんでしょうね…
「そんな小さなナイフでは、相当な手練れでないと人なんて殺せない。
それに、僕を刺したところで君は不利になるばかりだ」

* * *

ユージェニーは全てを奪ったジルベール(とエレオノール)に対する憎しみを決して忘れていません。ですが「憎しみを忘れない」ということは、つまりいつも考えているということだし、ジルベールについていえば憎いはずなのに優しくされてしまったことも忘れられなくて…
ジルベールにしても、同情や憐れみが確かにあって、彼女の両親を死に追いやったのも自分だし、何となく心の中に引っかかって取れなくて、気づけばお互いにずるずると泥沼にはまっていっちゃいます。本気の恋どころかファム・ファタール案件。

ユージェニーの愛され体質は、イコール自分も愛されたい、愛されていないと苦しい体質とも言い換えることができるもの。ここでいう「愛される」は優しくされる、大事にされる、尊重される、など広い意味のものです。憎くて仕方がないのに、それでも逃れられないのはユージェニーも同じです。

* * *

結局のところ、2人は幸せになることはありません。
ユージェニーとしては、あの男の数ある女の1人に成り下がるのは嫌なので、決して忘れられない傷を負わせてやる、あの男が私にそうしたように、と思った結果です。呼び出した部屋で冷たくなってるユージェニー……顔が崩れる死に方はしません。おそらく手首を切るとかの方法をとるのですが、使ったのはずっと肌身離さず持っていたあの小さなナイフです。
血を流すのは望んでない、というエレオノールへの当てつけであり、そんな小さなナイフでは人など殺せないと言ったジルベールへの当てつけでもあります。

実際そうなると、過去は過去として処理するし四六時中ユージェニーを思っているとかではないジルベールですが、いつか誰かを本気で愛した時とかに、不意に”あの女”を――最後まで自分が救えなかった(救おうとも思ってなかった)、自分が追い詰めて死なせてしまった女として、後年ずっと心の中に棘が刺さって抜けない状態が続きます。