氷皇と孤独なお妃さま
アグロヴァルお兄様と夢主の全然幸せじゃない話。
政略結婚当初の氷河期、信頼も何もないお兄様夫婦です。
ロイド・アシュバートンはオリキャラです。
「全て調べ上げよ」
婚礼を数日後に控えたアグロヴァルは、文書から目を上げると傍に跪く男に命じた。
「交友関係、書簡、侍女たちとのやり取り、全てだ。気取られても構わぬ。むしろその方が妙な気を起こさぬだろう。
それから――ロイド・アシュバートン。そなたに我が妻となる名前嬢の護衛を任ずる。ウェールズ家を守れ」
「は。この命に代えても、必ずや任を果たして見せましょう」
ロイドは厳粛な面持ちで拝命する。アグロヴァルは多くを語らない。語ることそのものがリスクとなる場合もあるのだから当然だった。しかしながらロイドは、アグロヴァルの簡潔な指示から、彼が望んだとおりたくさんのものを読みとった。
ロイドのたった一人の主はアグロヴァル。その主が望むのがウェールズ家の守護だというのなら、するべきことはおのずと見えてくる。
「お初にお目にかかります、名前様。私はロイド・アシュバートン。我が主たるアグロヴァル様より、貴女の護衛官を任じられました。この日、この時より、我が忠誠、我が栄光、我が全ては貴女の下に――」
アグロヴァルが名前の部屋を訪れたのは、婚礼の日のみだった。その時でさえ長居することはなく、言葉を交わすこともなかった。それからはほとんど顔を合わせることもなく、夫婦らしい雰囲気など欠片もないままに過ごす日々が始まった。一度、名前は「朝食をご一緒しませんか」と誘ってみたこともあったのだが、すげなく断られてしまった。アグロヴァルによって新たにつけられた侍女は優秀なもののよそよそしく、護衛官はアグロヴァルの腹心と聞いている。緊張しているせいでそう思うのかと最初は思ったが、生活の全てを見張られているのも気のせいではないだろう。
この城に、彼女の味方はいなかった。
――お父様、お母様へ
お手紙を差し上げるのが遅くなってしまってごめんなさい。いかがお過ごしですか?
侍女たちを連れていくことができないことを心配していらっしゃいましたが、こちらで私の側に仕えてくれる侍女や護衛はとても良くしてくれていますから、どうかご心配なさらないで。アグロヴァル様はとてもお忙しくて、なかなかお会いすることもできないのですけれど、侍従たちを手配してくださったのもアグロヴァル様です。とてもお優しい方ですよ。
私は元気で、幸せに過ごしています。お二人もどうかお元気で。