道連れ
結婚してるもしくは関係が公になっていて同棲もしてるしお互いに対しての気持ちに自覚もある頃。
多分このあと二人はミュンヘン中央駅まで歩いて、そこから電車なり地下鉄なりに乗って家に帰るんだろうな、という感じ。
二人とも、酒はほとんど飲まないし人混みも好きではない。
だというのに、かの有名なビール祭りもピークを迎えるような週末に二人連れ立ってミュンヘンの街中を歩いているのにはきちんと理由があった。要するに付き合いだ。彼らも子どもではないので、好きなことだけ受け入れて、嫌なことはやらない、というわけにはいかない。そもそも二人とも子ども時代を好き勝手に過ごしてきたことなどないが、それでも大人になるとはそういうものだ、と漠然と思っていたし、実際人付き合いを疎かにしては本業にも影響が出るというのも事実だった。
少しだけビールを飲んで、あとは適当に話を合わせて終了。カイザーは実際に楽しんでいるかはともかくいつものカイザーらしくしていたし、「付き合いで飲み会に参加する」のは名前の得意分野だった。それが功を奏したのか、これ以上引き止めても面白くないと思われたのかは定かではないものの、特になにか言われるでもなく、きりの良いところで中座して今に至る。
混雑を抜けて、マリエン広場も素通りした。観光に来ているわけではないから特に用もないのだ。ホフブロイハウスからここまで人が途切れることもないが、カウフィンガー通りからノイハウザー通りに入る頃には幾分歩きやすくもなる。とはいえ大きな通りだから、相変わらず人も多いのだが。
「ミヒャエル」
「何……、……どっちのミヒャエルなんだ?」
呼ばれて反応しかけたカイザーは眼前の建物に気づいた。聖ミヒャエル教会だった。見過ごしようもない大きな教会ではあるが、意識していないと目に入らない、というのは誰にだってある。
普段、ミュンヘン中心部……特にアルトシュタットには二人ともほとんど来ない。二人の生活はアリアンツ・アレーナと自宅周辺で完結しているし、その自宅だって郊外だ。アルトシュタットに何があるとか、位置関係などは頭に入っているものの、そういえばここにこれがあった、ということも少なくない。名前にとってこれがその「そういえば」のタイミングで、ミヒャエルという音になった、というだけのことのようだった。
「あぁ、そういえば教会ここだったわ、と思って。改めて思うのだけど、ここ聖ミヒャエル教会なのね」
「別に、聖ミヒャエル教会なんて世界にいくつでもあるだろ? ここにあったからって何がどうなるわけでもない」
信仰心などとは無縁のカイザーらしい言葉だった。しかしそんなことを言いながらも、彼の視線は教会の正面に据えられた大天使ミカエル像――の下で踏みつけられ這いつくばるサタンに向いていた。
その視線を外さないまま、カイザーのいつもより少し低い声が聞こえる。何か彼の頭の中で思考の何往復かがあったのだろう、これまでの会話や場所など無視して結論を見つけたというような口調だった。
「……お前は、天国に行くんだろうな」
「天国? ……天国、に、行きたいとか行きたくないとか、考えたこともないわ。私も信仰心は強くないもの」
「は、強くないも何も、持ち合わせてないだろ。お前」
「ええ……そうね。洗礼は受けたけど義務的なもの、ってだけだったから」
「信仰心の有無で天国行きか地獄行きかが決まるなら別だが、お前は品行方正に生きてきたんだ。天国にでも行くんだろ」
カイザーの言葉と同時に冷たい秋の風が吹く。その風を背負いながら、カイザーはサタンから視線を外し、名前を凝視した。強くて美しい炎のような目だ。
「だが俺みたいなクソ物に捕まったのが運の尽きだな。俺は確実に地獄に落ちるんだから、その時にお前も道連れにしてやるよ。わかってるだろ?」
自分天は国になんて行けないし興味もない、と理解しきっている男の声だった。理解して、受け入れて尚、微塵も恐れてなどいない。
そして「わかってるだろ」なんて、名前も言われるまでもなくわかっているし望んでいる。彼が今不意にこんなことを言い出したのも、彼自身が名前がそう考えていることをよく理解しているからだ。だから名前はそれを確たるものにしたかった。懸念なんて全て無くしたかった。
「あなたが決められるの?」
「判決を下すのは、『ミヒャエル』の役目だろ」
当然のように即答された。強い炎が和らいで、いつもの――あるいは冷笑的と言ってもいいような――笑みがその瞳に浮かぶ。その炎に灼かれてしまいたい、などと考えながら、名前はそれを許してくれそうな彼の言葉に安堵した。
「じゃあ、そうしてね」
アルコールで少し暖かくなった身体を冷やす秋風がもうずっと吹いている。それでもまだ少し二人で歩きたかった。どちらからともなくそろそろ行くかと目線だけで会話して、”ミヒャエル”の前に留めていた足を再び動かすことにした。