Die Blaue Nacht

Weihnachten, Geburtstag, und Schmetterlinge

18歳未満の方は閲覧禁止です。
カイザーの誕生日の話。
全然幸せな話ではありません。また、直接的な表現はありませんが致してる前提なのでR-18としています。
時系列は原作後、カイザーがドイツに戻って最初のクリスマス。
二人の関係が、原作後少し落ち着いた頃の話。
でもまだ愛は”ない”頃の話。

あなたは誕生日なんて祝われたくないかもしれないけど、生まれてきてくれてありがとう、ミヒャエル・カイザー。

クリスマス、誕生日、蛾、あるいは蝶

 あなたに満たされて出来上がった、まだこんなに小さな心ではあるけれど、せめて幸せを願うことくらいは許してほしい。あなたには貰ってばかりなのだから。

* * *

 この時期が嫌いだった。
 寒い中でも暖かく、きらびやかなクリスマスマーケットには縁も用もない。街が色めくのも雑音だった。物心ついてこのかた彼には全く関係のない、嫌悪感と――あとは憧憬ばかり刺激する代物だったからだ。
 アドベントカレンダー あのクソカウントダウン もそうだ。望まれて生まれたわけではない――少なくとも彼自身はそう思っている――彼にとって、自分が生まれた日をわざわざお綺麗で楽しそうなカレンダーという形でご丁寧にカウントしてくれるのだ。最悪以外の何者でもない。この時期はリーグもウィンターブレイクに入っているから試合もなく、サッカーに没頭する、みたいなこともできない。
 
 12月24日などは最悪に最悪を煮詰めたような日だった。煩いのだ、街全体が。
 昼間はまだマシだ。クリスマス休暇で賑わう時期ではあるが、この日ばかりはほとんどの店が閉まっているかさっさと店じまいをして、家族だったりなんだったり、大切な人と静かに過ごす日だからだ。彼の生まれ育ったベルリンとは違って古都たるミュンヘンの雰囲気もあるのかもしれない。
 午後3時を回る頃には辺りは薄暗くなってきて、そうしていると雑音が彼の頭にも響き始める。教会の鐘の音だ。街中の教会に聳える尖塔から、”聖誕祭”に向けてひっきりなしに鐘の音が響き渡るのだ。夜が深まるにつれて、どんどんと大きく絢爛になっていく。
 ――それが、ひたすらに耳障りだった。うるさい。うるさい。うるさい。クソうるさい。

* * *

 クリスマス聖誕祭の日に生まれて、この日が大嫌いだなんて、「ミヒャエル」なんて名をしておいて笑わせる。
 ミヒャエル・カイザーはクソみたいな気分で自嘲するように唇を微かに上げた。こんな日は家に籠るに限る。好きな曲をヘッドフォンで聴いてみたり、救いも希望もない結末を迎える映画を音量を上げて観てみたりして、明日が来るのを忘れるのだ。家にいるのが嫌で少しでも別世界みたいに綺麗な街が見たくて、真冬だというのに街に出ていたのは子どもの頃の話で、ここ数年はずっとアパートの自室に籠ってこの日を過ごしてきた。今となってはこの日にあんなキラついた街など見たくもないし、それに、あのサッカーボールクソ物を手に入れた時のような出会いなど、もう訪れることはないのだ。クリスマスプレゼントも、誕生日プレゼントも要らない。彼のもとには、彼自身が手に入れたものがあれば良かったし、望んでもいない日に望んでもいないものをもらうのも真っ平だ。

 毎年と同じように家に籠って、しかしいつもと違うのは、今年は家にもう一人――名前がいるということだった。なんだかんだ、日本とドイツで離れていた期間もあったにせよもう何年も関係が続いているが、この日を二人で過ごすのは初めてだった。ただしクリスマスだからとか、誕生日だからといって何か特別なことをするわけでもない。カイザーがそういう特別なものを拒否したからだ。夕食だって、半ば当てつけのようなものだったが、いつも通りの普通のものを食べた。
 名前はそれが不満というわけではないが些か落ち着かない様子だった。というのも、彼女が育った家は大層保守的なところで、クリスマスというのは家族が集まっていつもより豪華な食卓を囲み、ツリーの下に置かれたプレゼントを開けて、それから家族揃って教会のミサへ行くものだったからだ。
 名前は自分の家族に特に愛着も何もなかったが、「正しい家族」「正しいクリスマス」はその身に染み付いているらしい。染み付いている、というより、自分の望みや意志など持つことを許されず、思考を放棄してきた名前にとっては、規範や家でのルールが自分の行動を定める唯一の指標だったのだろう。落ち着かないのもわかるというものだった。
 しかしそれをわかっていながら、カイザーはクリスマスらしいことや誕生日らしいことをするつもりなど毛頭ない。ここに至るまでに、アドベントカレンダーも、アドベントクランツも、聖ニコラウスの日も、待降節アドベントに”するべき”ことをカイザーは全て無視してきたし(チームメイトに押し付けられたシュペクラティウスだけは適当に食べたが、味はともかく型押しされた聖ニコラウスの顔が気に食わなくて首から噛み砕いてやった)、その延長線上にあるのが、結婚して「家族」となっているわけでも、恋人同士というわけでもない二人が一緒にいるこの状況だった。そして名前にしてみても、今日は家族の元に帰るつもりも特にないあたり正しい家族のやり方に背いているが、もう彼女の心も体も全てはカイザーのものだ。何をしようと、もしくはしなくてもカイザーの自由だったし、名前自身もそれを求めていた。
 そう――二人は恋人同士ではない。互いに求めるものが互いにしかなかったからこうやって一緒にいるだけだった。他の誰でもない、という唯一性は確かにあって互いに向け合う執着心も深かったが、それ以上のものではなかった。

* * *

 後味の悪い結末を迎え、映画のエンドロールが暗い画面に消える。
 いよいよ真っ暗になった画面。また窓の外から鐘の音が聞こえ出した。余韻も何もありはしないし、忘れようと思ったのに忘れたそばから思い出させてくるそれに、カイザーは諦めとも取れるため息をついた。そばで静かに本を読んでいた名前も、映画が終わったのとカイザーのため息を聞いて本から目を上げた。マグカップに残ってすっかり冷えてしまったコーヒーを一口飲んで寒さを自覚したのか、やはり静かに立ち上がると暖房ハイツングを少し強くする。ここまで何も喋らない。必要がなかったからだ。必要があれば口を開くが、そうでなければ場を繋ぐ会話など、二人の間には存在しなかった。
 二人でいるのは居心地が良かった。今もそうだが、何もしなくて良かったからだ。誰かを傷つけて支配するためだったり、見せるべき自分自身を示すためだったり、そういうもののために見た目や言動といった自分の何かを装うことをしなくて良かったし、体と心の緊張を解いて何をするでもなく考えに耽ってみたり本を読んでみたりしても良い。その結果静寂が霜のように降りてきても気にならなかった。いつもピッチの上にいるカイザーとはまるで違う姿を見ても、名前はそれを何の反応も示さず受け入れていて……というより自我と感情が薄弱すぎて関心など抱くこともなかっただけではあるが、そこから始まった「この女にはどんな姿を見せても良い、だってこいつは何も感じない」という意識はそのまま今の関係になっても継続している。カイザーので自我と感情を獲得し、何も感じないというわけではなくなった名前ではあったが、だからといってカイザーの言動に対する反応が変わったわけでもなく、
名前としても何かをあえて察して動いたり、作り笑いをして誰かをもてなすことをしなくていいのは心が楽だった。ただただ、二人でいればそれぞれが自然体でいられたのだ。

 しかし、今日はカイザーがその静寂を嫌がった。その割に口数は少ないし会話など無いに等しかったが、嫌なのだというのはひしひしと名前に伝わってきている。
「もういい?」
 カイザーのマグカップにもやはり少しコーヒーが残っていて、それを口実にするように名前が静かに声をかけた。不機嫌そうな彼に答えは期待せず、そのまま自分の分もあわせてキッチンへと持っていく。相変わらずうるさい荘厳な鐘の音が、シンクから聞こえる水音に紛れてかき消された。
 カイザーは何を思ったのかそれに引き寄せられるように立ち上がり、キッチンへとやってきて――何の脈絡もなく、カップを洗う名前を強引に引き寄せて口付けた。口付けたというより、噛み付いたと言ったほうが合っている。さすがに驚いて固まった名前の唇を齧ったまま、カイザーは流れる水を止めた。なんだか、そういう気分だった。
「……わかるよな」
 唇を離せば不機嫌そうな低い声が追ってくる。その意味を正しく汲み取って、名前は何も言わなかった。

 とにかく頭の中にまで鳴り響くこのうるさい鐘の音を忘れられる何かがしたい。至近距離にある青い眼がそう言っていた。
 ――いつもは強い光を湛える鮮烈な青い眼が、今は澱むように凪いでいる。今日は、他でもない今日という日は、人でも物でもなんでもいいから気を紛らせるものが欲しかった。

* * *

 ”女とヤりたいとか、そういうのじゃない”
 ”こいつとの行為は、生きている実感を得るためのただの手段”
 ”不可抗力的に、この形に落ち着いただけ”

 いつもそうやって自分に言い訳をしてきたというのに、今日はそれすらない。25日が来るのを忘れて気を紛らすためにやれることはたくさんやって、そうやってむしゃくしゃしていた最後のどん詰まりで名前がそこにいることを思い出したら、止まれなくなった。自身の生い立ちからしても男女の仲とか、特に肉欲を伴うような関係を嫌悪しているカイザーではあったが、認めるのも嫌ではあったものの「気を紛らす」「没頭して周りが見えなくなる」という点においては否定できない……むしろ最高の手段だと気付いてしまったからだ。今日みたいな精神状態で使のかとよぎりはしたが、なんてことはなく、健康で健全な身体は何の問題もなく機能したし、快楽だってしっかり享受した。現金なものだ。心はどうあれ、体はこの女を求めているのだと見せつけられた気分だ。性欲に支配されているみたいで、身体とは裏腹に気分が悪かった。

 従順な名前をベッドに連れ込んで、蹂躙して、屈服させる。
 押さえつけるだけでは足りない。押さえつけて圧し潰して、自分の身体で雁字搦めにして、そこでようやく安心できた。こんなクソ物でも今生きてここにいること、相手がここにいて、逃げようなどと思っていないことを確信できた。そしてそんな安堵や確信を得ながらも、いつもより手酷く抱いているという自覚もあった。こんなに暴力的なのは久しぶりだ。そんなことをしなくても互いの立ち位置や関係なんて理解しているし、既に二人はそこまでの強い刺激がなくても、互いがいることで自らの存在を確かめ合えるようになっているのだから。
 
 相変わらずクソみたいな気分ではあったものの、いつものように身体を重ねれば否応なく安堵し、自身の存在を自覚させられる。そのこと自体は別に嫌いではなかったし、もとはといえばそういうのを求めて始まった関係でもある。そもそも名前は抵抗など何も見せないため、屈服させるもなにもない。全てを受け入れる名前を自分の好きにするのも気持ちが良かった。
名前にしても常日頃から「あなたから与えられる”刺激”がないと生きていけない」などと思っていて、例えば呼吸ができないほどに口付けられたり、例えば彼曰く”ほとんど力も入れずに”首に手をかけられたり、例えば彼女の意思などまるで顧みない抱き方をされたりしてもそれはひとえに名前自身が生の実感を得る手段であり、望みこそすれ嫌がることなどでは決してなかった。
 
 ただ一つ、”こんなことに溺れている”という嫌悪感を除けば、支配欲も、傷つけたいという欲求も、受け入れてほしいという思いも全て一度に叶えられて、カイザーは満足げに口角を上げた。酷くしているのは自分なのに、名前が縋る相手は自分しかいないのだ。背中に回された名前の腕がしがみつくように抱きついてきたり、華奢な指が背骨のあたりを撫でたり、時にはその指が不意に爪を立てたりするのも、こいつには自分しかいないという優越感を満たしてくれる。
 そうやって時間も忘れて二人だけの世界に没頭していれば、あるいは苦しげに名前の背がしなって腰が浮く。そこに腕を差し入れて、さらにキツく抱き締める。魂ごと震えるような心地がして、どちらのものともわからないため息が漏れた。湿った肌が熱い。
 ベッドが軋む音も、たまにアパートの外を通る車の音も、そして町中の教会が打ち鳴らす鐘の音もだんだんと遠ざかっていって……互いに触れる肌と息遣いしか感じられない境地に溺れていった。

* * *

 暖房が効いているとはいえ、冬の部屋で汗をかけばその分寒くもなる。汗が引いていくのと同時に、頭の芯も冷えてきて、ふと部屋の時計を見れば0時をとうに回っていた。25日になった、というのを意識してしまって、時計など見るんじゃなかった、あのままさっさと寝ていればよかった、という思いが首をもたげる。カイザーは一瞬目を閉じて小さく舌打ちをした。
「ミヒャエル」
 それを聞いてか聞かずか、疲れを滲ませる掠れ声で名前が彼を呼んだ。天使でも何でもなく、彼自身を呼ぶ声だった。
名前の方に顔を向ければ、やはり疲れて、それでいて少し潤んだ名前の色素の薄い瞳がこちらを見ている。
 背に回ったままになっていた腕になけなしの力を込めて、息を吹き込むように密やかに、名前が小さく唇を動かした。
あなたが幸せでありますように。誕……Herzlichen Glückwunsch zum Geburts…
 
 「誕生日」と言われかけて、カイザーは咄嗟に唇でその言葉を止めた。別にキスがしたかったわけじゃない。脱力した腕を動かすのが面倒で、たまたま近くにあったのが唇だというだけだった。しかしどれだけ面倒でも、「誕生日おめでとう」なんて、言われたくなかった。さっきまでのことも含め、今日一日ずっと”それ”から遠ざかろうとしていたのに。眉を寄せて、唇を話しながら囁く。
「お前、この状況で……やっぱクソイカれてんな……自分が何されてたか分かってないのか?」
「私、とうにあなたのものだし、嫌じゃないって知ってるのはあなたでしょう?
 ――そもそも私が今ここにこうしていられるのは、あなたがそういう風にしたからよ。あなたがいなければ、私も今ここにいないわ」
 なかなか感情を覗かせない声と目で名前も言葉を返す。
名前が言う通り、手酷く抱かれることだって彼女は嫌ではないし、それどころか生きていることを実感できる得難い行為ですらあった。彼女の情緒や意志はカイザーとの関係によって芽吹いたもので、それこそ最初はカイザーの考えや感情をただ受け入れて反射する鏡のようなところから始まったものではあったが、そうするうちに自分自身の意思を獲得するに至った今、
名前はカイザーと全く同じ感情を抱き、全く同じ思考をしているわけではない。それはカイザーも理解しているはずだった。日本からドイツへ帰ってきて再会したあの日、それを確かめ合ったはずだ。
 だからこそ名前は彼の意に反して誕生日を祝いたかった。彼がこの日を嫌悪していることは知っていたが、自分に全てを与えてくれた男が生まれてきた日のことを嫌いにはなれなかった。

 言おうとした言葉を止められてしまい、思案するように目を伏せた名前の睫毛が、窓から入る街灯のぼやけた光を受けて鈍く艶めく。
 それがいやに目について、カイザーは何とはなしに名前の瞼に唇を寄せた。誕生日なんてものを意識させられたくないという思いももちろんあったが、ほとんど無意識だった。そうすると名前がするりと息を吐くものだから、今度はその呼吸が欲しくなってくる。――最近そうやって、なんとなくキスをすることが増えた。互いに求め合っていたのは前からで、以前はもっと激しくて重い求め方をしていたからある意味では落ち着いてきたのだと言える。呼吸を分け合うことで手っ取り早く相手と、そして自分の存在存在を確かめる手段だったし、理由なんてない時もある。
 そうやって今も”なんとなく”唇を重ねれば、いつもと違ってざらつきを感じた。そういえば、いつの間にかリップクリームのあの独特のベタつきもない。いつもはきめ細かく柔らかく整えられている名前の唇が、互いに濡れて互いに舐め取ったせいで乾いている。それにすら独占欲と支配欲と、そして何か色々なものが満たされるような心地がして、唇を重ねたままもう一度、少し荒れた名前の唇を舐めた。
 
 いつの日か誰かに愛されたいと願いながら、こんな、決して愛なんかではない行為に耽っている。
 頭の片隅のやけに醒めた部分でそんなことを考えながら、しかしカイザーは決して名前を手放そうなどと思わないし、もし名前が彼から離れようなどと考えれば力ずくで、まさに屈服させてでもそばに留めておくだろう。それくらいの執着心を名前に対して抱いている自覚はある。それも全ては名前が彼の全てを受け入れるからだ。何をしても受け入れて、互いに酷い”刺激”で自分自身の存在を確かめあっている。歪な執着と関係だった。
 「愛」というのは、きっともっと美しく、優しく、尊いものに違いないのだ。であれば名前とのこんな歪んだ関係が、「愛」などであるはずがなかった。
 ……そんなことを思っていれば、認めるのも癪ではあるが、近頃慣れてきた感覚を覚える。
 
名前といるとたまに感じる不快感――腹の底に蛾でもSchmetterlinge居座っていてim Bauch、しかもそいつがちくちくと鱗粉を撒き散らしているような不快感だった。自分の中に、自分がコントロールできないがあるということが不快極まりない。
 とはいえ……腹の中の蛾の方が、まだ今日のこの日よりはマシではある。
 25日今日は祝日で、昨日にも増して店などどこも開いていない。二人分の食料品なんかはもう買ってあるし、何も考えずに眠って、起きて、腹が減れば何か食べて、寒くなればこうやって暖をとって、そうやって今日という日が終わるのを待てばいい。
 ベッドに入った時と比べると攻撃的な気分はおさまっていて、カイザーは満足げとも、疲れとも取れる大きなため息をつくと、汗がひいた肌寒さを埋めるように名前を抱き込んだ。途端に睡魔がやってくる。
 
名前が身じろいで、カイザーの首元の薔薇に控えめなキスを落とすのを仄かに感じる。目を開けるのも億劫になってきていたものの、名前が動きやすいように頭の位置を変えてやるくらいは、してやってもいいと思った。
 
 目覚めた後のことなど知らないが、今は、互いの温もりがあればそれでよかった。