Die Blaue Nacht

政府職員と燭台切 1

この二人のメインとなる話。途中までです。続きを…書きたい……

<独自設定>
習合:
 顕現しないままの刀を習合した時は何もありませんが、一度でも人の姿をとった刀剣を習合すると、その人の身の記憶を継承します。もとになる男士よりも習合される側の刀剣男士の練度の方が高ければ、人格を乗っ取られることもあります。練度が低くても、強烈な記憶などは本当に自分が経験したように感じられることもあるそうです。

お守り:
 審神者が刀剣男士に渡しているものは一種の装備であり刀剣破壊を防ぐものですが、それとは全く別物として刀剣男士が作るもの。全ての刀剣男士が作るわけではないですが、大事な人(たいていが自分の主です)にあげる者もいます。付喪神とはいえ神様の思いのこもったものなのでかなりご利益があるとかないとか。審神者の物とは違って基本的に物理的な加護はありませんが、相手が霊的なものだったりすると避けて通ってくれたり忌避してくれたりしそうです。いわゆる普通のお守りに近い。

<主な登場人物>
苗字 span class="charmname2">名前:
 歴史防衛本部総務課の新採用職員。燭台切と付き合っている。採用初日に本名を燭台切に見られてしまったのが縁の始まり。
 
燭台切光忠:
 十六夜本丸の燭台切光忠。苗字span class="charmname2">名前の恋人。十六夜本丸の刀剣男士は、いずれも顕現してから長いため外泊などの許しも出ている。
 
十六夜:
 燭台切光忠の主。最初期からの審神者。

衣笠 拓海:
 歴史防衛本部総務課長。



——————



 名札も名刺も、鞄の中身も、本丸に出向く時のものに換えた。苗字しか記載されていないものだ。これは採用初日から刀剣男士に名前を知られてしまったspan class="charmname2">名前が、毎日欠かさずチェックしていることだった。
「16時前には戻ります。それじゃ、行ってきます!」
 span class="charmname2">名前はもう一度鞄を確認して、在席表示を「本丸」に変えた。

 事務室から転移ゲートへの道すがら、今日の訪問先の情報を確認する。
 とある本丸の審神者から、相談したいことがあるから近いうちに訪ねてきてほしいと言われていたのだ。
 端末で情報を呼び出すと、該当の本丸の運営状況が最新のものに更新されていた。それを見て思わず顔をしかめる。入手、破壊等で刀剣男士の入れ替わりが激しい。……本丸運営に関わる職員が必ず読まされるマニュアルどおりの、”あまり良くない”本丸の兆候そのものだった。嫌だなあとは思ったものの、いまさら訪問予定を取りやめることもできない。むしろ、良くない兆候があるのなら率先して訪問しなければならないのが担当課の仕事というものだ。
 ――とりあえず、状況把握。今日はそれだけにしよ――
 そう思いなおしたところで、転移ゲートのあるロビーに着いた。職員番号とパスワード、訪問先の本丸の番号を入力する。確認ボタンを押すと、エレベーターを待っている時のように複数のゲートのうち右から2つ目が光った。
 転移の準備ができると、これもまたエレベーターの到着音のようなベルが鳴る。表示された行先を確かめて、span class="charmname2">名前はゲートに足を踏み入れた――瞬間、誰かに腕をつかまれ、思い切り引っ張られた。

 ぐい、と引っ張られたかと思うと、何か、いや、誰かにぶつかる。とっさに謝ろうと振り返ると、span class="charmname2">名前の腕を引いた反動で勢いをつけ、そのままspan class="charmname2">名前をゲートの向こうに押し込むように手を放し、勢いのまま政府側の出口に駆け込む審神者の姿が見えた。
「ちょっ!」
 何なんですか! という言葉は口から出なかった。引っ張られ、押し出されたspan class="charmname2">名前は完全にバランスを崩していたからだ。
 結構な勢いを止められるわけもなく、訪問先の本丸に押し込まれる形となったspan class="charmname2">名前は、ゲートから飛び出した途端派手に転ぶことになった。
「痛……」
 泣きそうになりながら、体を起こして掌を見る。小石が食い込んでいてところどころに血がにじんでいるし、膝もおそらくひどくすりむいているのだろう、熱いしひりひりしてきた。ストッキングはもう使い物にならない上に、スーツは砂と土まみれだ。少し離れたところにパンプスが片方落ちているのが見える。
「なに……もうやだ……なんなの……」
 ……怒りもあったが、なんだか自分の有様が惨めすぎて怒りなどどうでも良くなってしまった。そんな惨めさに大きなため息をついたところで、span class="charmname2">名前は目の前に誰かが立っていることに気が付いた。

「――人身御供というわけですか。可哀想に」

 その人――いや、刀剣男士だ――から聞こえてきた声は、セリフと裏腹にひどく冷たい。
 span class="charmname2">名前がまだ立ち上がれないままに声の方を見上げると――血のように赤く昏い獣の瞳が、じっとこちらを見ていた。

* * *

 燭台切光忠は、耳の奥でぷつりと糸が切れるような音を聴き、息を呑んだ。同時に、持っていた食器が手から落ちて粉々に割れる。
「、……っ!」
 span class="charmname2">名前ちゃん、と思わず叫びそうになるのをすんでのところで飲み込んだ。
 その場に居合わせた五虎退と虎たちが、派手な音を立てて割れた食器に驚いて飛び上がったのに謝るどころか気付きもせず、燭台切は踵を返して走り出した。

「主!」
 十六夜の執務室の戸を、伺いも立てずに乱暴に開け放つ。燭台切の突然の来訪に目を丸くした十六夜がどうかしたのかと問うのを遮るように、燭台切は切羽詰まった様子で言い募る。
「い、今――お守り、苗字さんが……」
「燭台切。一旦少し落ち着いてちょうだい」
 十六夜が静かに言うと、燭台切はハッとしたように口を閉ざした。十六夜の言葉には力がある。頭に上っていた血がすう、と引いていく心地がした。
「……っごめんね突然。でもその、緊急事態で」
「いいの。あなたがそんなに慌てているって、大変なことがあったんでしょう?落ち着いて、わかるように説明してくれる?」
「……ありがとう。ええと、僕と苗字さんの関係は、主も知っての通りだけど」
 燭台切は、その焦燥を隠そうともせず、それでも戦場というある種の緊急事態に慣れているからか、状況を順に説明し始めた。
「僕はね、苗字さんにお守りを渡していたんだ。主も歌仙くんとか、いろんな刀剣男士からもらっているでしょう。あれと同じものだよ。あのお守りには、主が僕らに渡してくれるような、実際の物理的な損傷に対する効果はないけれど、霊的なものから少しだけ身を守る程度の効果はある。そのお守りが、多分、壊れたんだ」
「壊れた?」
「壊れた、というか、壊れかけというか。審神者や霊感の強い人ならともかく、一般的な霊力量の人に渡したお守りが壊れるなんてこと、まずないんだよ。霊的に危ない目に遭遇することなんてとても稀だから。――つまり、今、苗字さんが何かしらの危ない目に遭ってる。主。助けてほしい。僕に出陣か……外出許可を出してほしい」
「……居場所はわかるの? まずは連絡取れるか試してみて」
 十六夜に言われて居場所も何もわからないまま飛び出そうとしていたことに気付き、燭台切はギリと奥歯を噛み締めた。十六夜の言葉で、半ば無理やりに冷静さを装うことはできたが、やはり相当に焦っているらしい。指摘されたとおり、まずはspan class="charmname2">名前の端末に電話をかける――圏外だった。もう一度。やはり、繋がらない。それを聞くと十六夜は迷わず政府担当課に連絡した。燭台切に、安否確認のメッセージをspan class="charmname2">名前に送るよう指示しながら。
「本丸番号16の審神者です。至急、衣笠課長にお繋ぎいただけますか。ええ、はい。緊急です」

 二桁の本丸番号と言えば、最初期からの歴戦の猛者が率いる本丸だった。その中でも10番台、もはや極少数しか残っていない”はじまりの本丸”からの緊急連絡である。通信を受けた職員は、緊張した面持ちで課長の衣笠に取り次いだ。受けた側の衣笠はといえば、一体何事かとは思いながら、緊急とはいえ十六夜は旧知の仲なのだからと、そう気負いもせずに引き継いだのだが――その穏やかな顔が、しばらく十六夜の話を聞くうちに真剣なものに変わっていく。
 彼の預かる総務課の課員、苗字span class="charmname2">名前は今どこにいるのか。出先にいるのなら、出先で何らかの身の危険に遭遇している可能性があること。これは、彼女と懇意にしている刀剣男士からの情報であり、確度が高いこと。以上が十六夜からの連絡の内容だった。至急調べて折り返すと伝え通信を切ると、衣笠は課内に指示を出した。
「誰かすぐ動ける人いる? 苗字さん本丸訪問に出てるよね。状況分かる? あと、訪問先の本丸の最新情報すぐ送って」
 
 この時彼は知らなかったが、彼が十六夜からの連絡を受けたのとほぼ同じタイミングで、1つ下の階にある歴史防衛本部技術基盤整備課が、とある本丸への転移ゲート不具合との報を受けて慌ただしく動き出していた。

* * *

「――人身御供というわけですか。可哀想に」
 放られた言葉と、自分を見下ろす昏く赤い目に、span class="charmname2">名前はひゅっと息を止めた。惨めさに泣きそうだったはずなのに、涙など一瞬で引っ込んでしまう。それほどに、冷え冷えとした言葉だった。
「わた、わたし――」
「ああ、結構。あの者が代わりに寄こしたというのならそれで充分」
 恐怖にすくんだspan class="charmname2">名前が、それでも何か言おうとしたのをすげなく遮って小狐丸は呟いた。
 小狐丸。さきほどからspan class="charmname2">名前を見下ろしているのは、この本丸の小狐丸だった。span class="charmname2">名前だって小狐丸を見るのが初めてだというわけではない。これまでにいろいろな本丸のいろいろな小狐丸に会ってきた。そのどれもが、人懐こさを持ちながらも、古い刀だということもあってかどこかつかみどころがなく、恐れを抱かせるような心地にさせるものを持っていたことは確かだ。しかし今目の前にいる小狐丸は、親しみやすさや人懐こさとは全く無縁に見えた。span class="charmname2">名前を見下ろす目はどこまでも鋭く冷たく、span class="charmname2">名前自身のことなど何も見えていないようで――つまりは人間をただ一括りに”ヒト”と認識しているような、ひどく遠い存在であるような、野性の鋭さをそのままむき出しにしているような恐ろしさを全身に纏っていた。それはある種の狂気と言ってしまってもよいものだったかもしれない。審神者によって励起され、刀剣男士として人の側に寄り添い戦う者が纏っていてよいものではなかったのだから。
 言葉を遮られた瞬間、span class="charmname2">名前は本能的にこの小狐丸には話が通じないことを悟った。だから必死に立ち上がって逃げ出そうと思ったのだが、いかんせん恐怖にすくんだ体は少しも動いてくれない。転んですりむいた体の痛みも忘れ、ただただ呼吸が速くなるばかりだ。その恐怖を感じ取ったのか、小狐丸は妖艶にも野蛮にも見える笑みを浮かべると、span class="charmname2">名前の腕をつかもうと手を伸ばした。
 長い爪が自分に向かって伸ばされるのが怖くて、span class="charmname2">名前はとっさにぎゅっと目を瞑った。押し出された涙が、とうとうきつく閉じた目から零れ落ちた。

 しかし。ぱちん、と弾けるような感覚があって、span class="charmname2">名前はびくりと目を開けた。驚いたのは小狐丸も同じだったようだ。伸ばした手を一瞬、不思議そうに眺めたあと、一人得心したように鼻で笑った。そうかと思えば次の瞬間、ギラリと音がするような眼光でspan class="charmname2">名前を睨みつけた。人ならざる者の視線だった。そんなものにただの人であるspan class="charmname2">名前が抗えるはずもなく、span class="charmname2">名前の意識は赤い獣の双眸で占められてしまう。
 ――名は。
 重い声が聞こえた。目を逸らすこともできず、問いかけられたのか、頭の中で声が響いたのかもよくわからないその声の圧に負けて、span class="charmname2">名前はゆっくりと口を開く。
「わたし、は――」
 
 ――ねえ、span class="charmname2">名前ちゃん。刀剣男士に名前を教えちゃダメだよ。約束してくれる?僕とspan class="charmname2">名前ちゃんの、約束――
 
 意識すらしないまま、自分の名前を口に出しそうになった時、頭の中に干渉する強い声の隙間から、聞き慣れた声がした。優しくて頼りになる声。付き合い始めた頃、少し眉を下げて心配そうにspan class="charmname2">名前の顔を覗き込んで言った、燭台切光忠の声だった。

 ――光忠さん……!――
 
 span class="charmname2">名前がとっさにそう思った瞬間、押しつぶされそうな声の圧力がぷつりと途絶えた。
「おぬし、既に――」
 意識がはっきりしたと同時に、またしても驚いたような小狐丸の声が、今度はきちんと耳から聞こえる。
 と、息を吐く間もなく、耳元でゴウと風が起こる音がして、後ろから誰かに目を塞がれた。
「なあ、あんた名前言ってないよな!? 言ってないな?」
 耳元で焦ったように問いかける声と、誰かが小狐丸を呼びながら走ってくる音が聞こえる。
「小狐丸!」
「陸奥守」
 誰かに目を塞がれているので、span class="charmname2">名前から小狐丸の表情は見えない。しかしその声色には、ありありと苛立ちが乗っている。
「邪魔をするな!」
「そういうわけにもいかん! その子は関係ないじゃろうが!」
 次いで、金属のぶつかり合う鋭い音が響く。剣戟だった。自身のすぐ間近で刀のぶつかり合う音がして、span class="charmname2">名前はまたしても身を強ばらせた。
「あの男が自身の代わりに寄こしたというのなら、そやつを喰ろうてやるのが筋というものでは?」
「喰らう……? おんしは刀剣男士じゃろう、それすらも忘れてしもうたか!」
「は……こうして刃を交えているというのに、おかしなことを言う」
「……っ! 太鼓鐘! その子を早う安全なところへ!」
 昼間の屋外である。太刀と打刀という刀種の差もあって、この場では小狐丸が有利だった。単純な膂力差もあり、背後に庇うものまであってはさすがに分が悪いと判断したのか、陸奥守がspan class="charmname2">名前に向かって声を張り上げた。
 わかった、という返事がspan class="charmname2">名前の耳元から聞こえた。次いで、ちょっと抱えるぜと言われるや否や、span class="charmname2">名前の視界が開け――太鼓鐘貞宗は、ひょいとspan class="charmname2">名前を抱えあげると短刀の機動でその場から離脱した。一直線に本丸へと駆けてゆく。
 
「せいぜいよく守ることですね。私があの子を見つけたら、そこで彼女はお終いですよ」
 span class="charmname2">名前たちがその場からいなくなると、小狐丸はすとんとやる気が抜け落ちたように刀を引いた。低い声で呟くと、まだ刀を構えたままの陸奥守に不用心にも背を向け、”何か”を探すように目を細めると、ゆっくりとその場を去っていった。慇懃ともとれる口調は普段の小狐丸と変わらないはずなのに、何とも言えない不安定さと不気味さが揺蕩っている。
 その様を見せつけられた陸奥守は、緊張が解けたことも相まって大きなため息をついた。

「大丈夫か? ……いや、大丈夫ではないと思うけど」
 しばらく抱えられたまま本丸の中を歩いた後、span class="charmname2">名前はある部屋に連れてこられ、そっと畳に下ろされた。
「うわあ……痛そうだな、ちょっと待って、なにかあるかな」
 太鼓鐘貞宗はspan class="charmname2">名前を下ろすと、ひどくすりむいて血を流す足を見て痛そうに顔をしかめた。そうしながらごそごそと部屋の中を探し回り、やがて手巾を見つけ出してspan class="charmname2">名前に手渡した。
「これでちょっとはましになるか? その……俺たち、怪我は手入れで治るもんだからさ。人に効く薬とか持ってないんだ」
 差し出された手と、太鼓鐘の表情には特におかしなところはない。しかし先ほどの小狐丸のこともあり、span class="charmname2">名前は反射的に身を縮こませてしまった。それに気づかない太鼓鐘ではない。span class="charmname2">名前が怯えているのを見ると、今度は申し訳なさそうな表情になった。
「そうだよな、怖いよな。あんな小狐丸、俺も初めて見たよ。俺がここで言ってもどうにかなるわけじゃないけど……ごめんな、怖い思いさせて」
 span class="charmname2">名前の横に腰を下ろすと、太鼓鐘はぽんぽんとspan class="charmname2">名前の頭をなでた。俺はあんなことしない、大丈夫だ、と。それにつられて、太鼓鐘の温かい金色の双眸と目が合った。金色の目。span class="charmname2">名前がそれを見て思い出すのはたったひとつ。十六夜の本丸の、自分の恋人の、燭台切光忠だった。

 ――光忠さん、助けて……――
 浮かんでしまったら、それが頭の中を占めてしまった。助けて、お願い。光忠さん、助けて。そればかりを思いながら、span class="charmname2">名前はさめざめと泣きだした。こらえていたものが決壊したのだ。太鼓鐘は、自分と目が合った途端に静かに泣き出してしまったspan class="charmname2">名前の背を、span class="charmname2">名前が落ち着くまでさすってやった。手巾は渡せないままだったが、まあ、落ち着いてからでいいか、などと思いながら。

「太鼓鐘、そこにおるか?」
 しばらくすると、部屋の外から知った声が聞こえた。先ほどの陸奥守の声だ。
 太鼓鐘が返事をすると、そろりとふすまを開けて陸奥守が入ってきた。span class="charmname2">名前が無事なのを見てほっとした表情を浮かべ、次いで泣き顔と足の擦り傷を見て顔をしかめる。
「俺が泣かしたんじゃないって! ……いや、あれ? 俺かも……」
「別に何も言うとらんし、泣けたっちゅーことは、ちっとは緊張もほぐれたか」
 言いながらどさりとspan class="charmname2">名前の正面に座り、陸奥守は持ってきたものをspan class="charmname2">名前に渡した。投げ出してしまっていたspan class="charmname2">名前の鞄と、パンプスの片方だった。もう片方は脱ぐのも忘れて履いたままだ。
「あ、ありがとう、ございます」
 太鼓鐘が緊張しておらず、先ほどの戦いの様子から、陸奥守も”大丈夫”だと判断して、span class="charmname2">名前は荷物を受け取った。鞄もパンプスも少しこすれて傷がついているが、鞄の中身は無事そうだ。陸奥守もそうしろというような顔をしていたので、span class="charmname2">名前はまず自分の端末を確認した。
 ――圏外。
 通常、本丸の中で圏外になどなるはずがない。圏外ということは、本丸内のシステムも政府との通信ができなくなるということを意味するからだ。特に、span class="charmname2">名前の持っている端末は政府で本丸運営に関わる者に貸与されるものであり、緊急連絡などはいつでもできるようになっている。それすらも起動しないのだから、この本丸で政府が意図しない事態が発生しているのは明らかだった。
 緊急連絡すらもできないという状況にまた涙が出そうになったのを、唇を噛んでこらえる。それを知ってか知らずか、陸奥守が口火を切った。span class="charmname2">名前としても、考えることがあれば泣かずに済む。
「確認してもええか。お前さん、今日ここに来ることになっとった政府の担当者ってことで間違いないな?」
「はい、そうです。数日前に、相談したいことがあるから訪問してほしいと言われていました」
「さらに聞くが……主を、見んかったか」
「……見、ました。……わたしがここへ来るとき、わたしをこっちへ押し込んで、自分は政府側の出口に飛び込んでいきました」
 それを聞いて、陸奥守と太鼓鐘は互いに顔を見合わせ、揃って大きなため息をついた。
「つまり主は、俺たちを見捨てた、ってことなんだな」
 太鼓鐘の声は少し震えていた。思わずspan class="charmname2">名前がそちらを見ると、うつむいた太鼓鐘が唇を引き結び、拳をきつく握っていた。陸奥守はと言うと、彼も同じくうつむいていたが、おもむろに立ち上がり、転送ゲートがあると思われる方向を厳しい眼差しで見据えていた。しばらくそうしていた二人だったが、ぱん、と小気味よい音を立てて陸奥守が両手で自分の頬を叩き、同時に太鼓鐘も伸びをするように立ち上がる。
「じゃ、まずはあんたをちゃんと帰さないとな!」
 自分の気持ちを切り替えようという意図もあったのだろうが、太鼓鐘が持ち前の明るさで笑う。span class="charmname2">名前を振り返った陸奥守も、任せておけというように不敵な笑みを浮かべていた。