Nikki, どこでもない博物館

鳥籠の天使

帰りたいかと問われれば、帰りたい。けれど、別に、今すぐ帰りたいというわけでもない。ここは、素敵。人間界に降りてみて、息苦しさに辟易して、しかも帰れなくなってしまって、少し。少しだけ心細くなったのだけど。それでも、人間は捨てたものではなくて、わたしをここに送ってくれた。ここは、「博物館」というところ。わたしたちのものさしでも、素敵だと思えるものがたくさんあった。——もういちど、見たいのだけれど、そう言えば見せてくれるかしら?
くるん。半回転。全部が、逆さま。あの、人の子が揃えてくれた調度品も、全部が逆さま。あの子の選んだ品々は、お気に入り。あの子はいつも、私に語りかけて——昨日は、そうね、新しい絵が持ち込まれたことを話してくれた。見せて欲しい、と言ったのだけど、わたしの言葉は人には届かない。今日は、あの子は花をくれた。少し頬が赤かったわ。可愛らしいけれど、何かあったのかしら。ちょっと辛そうな顔にも見えた。人間って不思議ね。
あーあ、わたしの言葉は届かない。退屈になってきちゃった。ここを出たら、次はどこへ行こうかしら。


天使と人は、どちらも神に似せて創られたという。しかし、似た形をしていたとしても、天使と人は全く別のモノだ。啓示の天使を除いて、天使の声が人に聞こえることはない。彼らが慈愛の表情を浮かべるのは、そう定められているから。彼らが裁きを行うのは、そう定められているから。
人が天の使いたる彼らを理解できないように、天使もまた、人の感情を理解することはないのだ。
——ある神学者のメモより


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