「アシュリー!」
自分を呼ぶ声にはっと我に帰る。正面に立って顔を覗き込んでいるのは、副館長のルイ=アルベールさんだった。
「……?……!あっ、えっ、すみません、また私……?」
慌てて立ち上がった拍子にそばに積んでいた本を突き飛ばしてしまい、あやうく本の雪崩が起きかけたところを、ルイさんがすんでのところで支えてくれた。
「そう、また、だ。せめて寝食ぐらいは忘れないようにしてくれ……流石に俺も、君がある日過労死してるのを見つけるのは寝覚めが悪い。まあ確かに、展示品や文献に没頭する気持ちはわかるけどな。」
ルイさんが苦笑しながら言う。またしても私は、本の山に埋もれたまま夢中になって研究に耽っていたらしい。
「ええと、私、どのぐらいの時間こうしてました……?」
「さあな、俺も正確な時間は知らないが、少なくとも3日、俺は君の姿を見ていなかった。」
「3日……!」
か、それ以上。本に夢中になるあまり、他の仕事を3日もほったらかしてしまった。絶句した私を見て、またルイさんが笑う。
「心配するな。急ぎの要件はないし、展示室の方も問題はない。」
「すみません……いつもいつも同じことしちゃって……」
「ま、君はそういう奴なんだ、俺たちもそれはわかっているし、だからこそここで学芸員してるんだろ。別に気に病む必要はないさ。——さあ、館長がもうすぐ帰ってくるぞ。さっき連絡があった。新しい絵も持って帰ってくるらしい。出番だな、アシュリー。」
それを聞いて、現金な話だが私の思考は完全に新しい絵にとらわれてしまった。
「ほんとですか!うわーっ、嬉しい!最近絵はあんまり来なかったから……で、どんな絵なんです?誰の作品?いつのなんですか?」
矢継ぎ早に質問を繰り出すと、ルイさんは一歩近づいてぐい、と人指し指で私の額を押した。
「待った。先に身なりを整えて食事をしてこい。君は新しい絵をそんな姿で迎えるつもりか?」「!っはい!アシュリー・スワン、出直してまいります!」
水を得た魚のようにぴんと背筋を伸ばし、いそいそと自室へ向かうアシュリーの背中を見て、ルイ=アルベール・ブランシュは微笑ましさを覚えると同時に、なりふり構わず美術品に没頭できるアシュリーへの尊敬を再確認した。
学芸員 アシュリー・スワン
専門は文学と絵画。伝承・伝説にも詳しい。いわゆる本の虫で、暇な時は大抵本に埋もれている。新しい絵画などを見ると夢中で研究に没頭し、寝食も忘れるほど。