Nikki, どこでもない博物館

“月”を冠するその瞳

夜の闇、そこからふわりと溶けだしてきたような黒装束の女。その双眸が、月の光を受けて輝いている。
彼女の名はセレーネ・ティターニア。どこにあるとも知れない、あの博物館の館長だ。
月の女神、あるいは月そのものの名を持つ彼女は、その名に相応しい力を備えていた。身体能力が優れているとか、不思議な力を使えるとか、そういうものではない。彼女が特別なのは、その瞳のせいだった。
彼女の、月の光を集めたように蒼白く輝く瞳は千里を見通す――物事の本質を否応なしに見抜くのだ。
世界中に散らばり、正当な評価も受けず、あるいは隠され虐げられてきた美を集め、保護するのが、博物館長である彼女の役目。
この博物館は彼女の砦、彼女そのもの。彼女の瞳が保証した、他では決して見ることなどできない美術品たちは、彼女の誇りであり、愛すべき存在である。たとえそれが、その美しさゆえに大きな危険を孕むものだったとしても――

彼女は今日も夜を歩く。
世界に埋もれた美術品はまだ数限りない。今日は、あの森の奥に住まう”藤の奥方”に呼ばれて来たのだが、示されたのは一枚の絵。

「綺麗でしょう、<月の瞳>モンデンアウゲン?でもきっと、これはここに置いておけば気味悪がられ、負の感情しか寄せ付けなくなる。だから貴女に託したいの。——受けてくださる?」
「ええ、もちろんです、<藤の奥方>マダム・ウィステリア。」
セレーネはその瞳を絵に向けて言う。
「この純粋で儚く、美しさしか知らない作品は、まさに我が博物館に展示するに相応しい。——この絵のために、静かで月明かりの差す一角を空けておきましょう。」

月が照らす道を博物館へと辿りながら、セレーネはアシュリー・スワンを思い浮かべた。
最近は絵を持ち帰ることがなかったから、きっとアシュリーは喜ぶだろう。もしかしたら何日も徹夜でこの絵を調べ上げるかもしれない。
それを苦笑しつつ手伝うルイ=アルベールに、庭師としてもこの絵に興味を示すルーチェ。ミヒャエルはきっと、このことをあの天使に話すのだろう。

人知れず微笑を零し、セレーネは帰路を急ぐ。美しき美術品が咲き誇るあの花園へと。彼女の家へと。

博物館館長 セレーネ・ティターニア
月の女神、あるいは月そのものの名を持つ。その蒼い瞳は美術品の本質や価値を的確に見抜く。美術品だけでなく人の本質も見抜いてしまう。博物館にある展示品は、ほとんど彼女が自ら集めてきたもの。藤の奥方と親交があるとかないとか。


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