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欲しかったもの

2018年シリウス・ブラック誕生日記念


「ホグズミードだ!」
ベッドの天蓋を勢いよくめくりあげてジェームズは言った。
シリウス――ベッドの主は眠そうに半分だけ目を開けて喧しい親友を見る。
「……ホグズミード……?別に、何度も行ってるしそんなに喜ぶものでもないだろ……」
「何を言ってるんだい、今日は君の誕生日だろう!プレゼントだよ、今日の僕らは君の好きなものを買ってあげようって決めてるんだ。
だから、さあ、起きてくれ。」

誕生日。ホグワーツに入学して初めて、この日が特別で、嬉しいものだと知った。今日も、親友にそう言われたら断れるはずもない。じわりと嬉しさが胸に広がって、眠気もすぐに吹き飛んでしまった。
「わかったよ、今行く。」
それでもこんなそっけない言葉しか出せないのは、このシリウスという青年があからさまに喜ぶことに慣れていないのと、少しの気恥ずかしさのせいだ。
しかしそれだって、満足そうな顔をしてにやりと笑った親友には筒抜けなのだろうが。

「やあ、おはようパッドフット。誕生日おめでとう。」
身支度を済ませて談話室へと降りてきたシリウスを見つけると、リーマスは外出用のローブを羽織る手を休めてシリウスに微笑みかけた。
「あっ、シリウス、起きてきた!誕生日おめでとう、今日は僕も君の好きなものを買うよ。」
ピーターは飲みかけていたマグカップを慌てて置いてシリウスの方へとやってくる。
その二人にもごもごとありがとう、と言ったところで、背後から勢いよく肩に腕を回された。彼にそんなことをするのはジェームズだけだ。
「さあ、行こう!」

11月のホグズミードは、雪が降るほどとはいかないまでももう冬といっていいほど寒い。白い息を吐きながら、4人は肩を並べてメインストリートを歩く。
歩きながらも、彼らはまだどこへ行くかを決めかねていた。今日の主役たるシリウスが、欲しいものを全く決められていないからだ。きっと彼の育った環境のせいなのだろう、彼はあまりものを欲しがらないのだ。誰かに何かを頼むのも苦手だ。これまでの数年間は、ジェームズ、リーマス、ピーターがあらかじめプレゼントを用意してくれていたし、彼らの誕生日にシリウスもそうしていた。だからシリウスは、友人の欲しいものを考えるならまだしも、自分が今欲しいものをとっさに考え付くことができないでいた。
しかし、寒い。これでは考え付くものも考え付かない。
「なあ……とりあえず三本の箒に行こう。まず温まって、それから何にするか考えるから。」

運よく三本の箒は4人が一緒に座れる席が空いていて、ひとまずバタービールを頼んでほっと息をつく。
「じゃあ君の分は奢るよ、まずはプレゼントその1だ。君の好きな……そういえば、君、これがメチャクチャ好き、みたいな食べ物ないよね。何にする?」
「……そうだな、うん、みんなの食べたいものがいい。」
ジェームズが言ったように、シリウスは特に好物といえるものもなかった。しかし好きなもの、と聞いてまず彼が思い浮かべたのは、友人たちと囲む大広間での夕食だった。勉強して、騒いで、抜け出して……そんな一日を終えてここにいる3人と一緒に食べる夕食がシリウスは好きだったのだ。
まちがいなくこれは好物と言える。だから、考えるまでもなく「みんなの食べたいものが食べたい」とすっと口から出ていた。


「ごめん、わざわざホグズミードまで来たのに、いつもと同じ三本の箒だ。」
結局、食事を終えてもシリウスは自分の欲しいものを見つけることができなかった。いつものことではあるが話も弾んでしまい、気づいてみればホグワーツの門限も近づいている。
「いいんだよ、君がそれで満足なら。――でも、僕ら3人で考えてた予算よりかなり安上がりになっちゃったから……そのうち何かプレゼントするよ、まだ何にするか決めてないから中身は内緒だ。君が驚いて一生忘れられないようなものにするから楽しみにしててくれ。」
リーマスもピーターも、ジェームズの言葉に頷いて、悪戯仕掛人らしくおもしろい遊びを考え付いたような顔で笑う。
それを見て、シリウスは照れくさそうに口元に手を置いて、「ありがとう」と呟いた。

「ああ!そういえば僕はまだ君におめでとうを言ってなかったね。」
むず痒いような間が空いて、ジェームズがそれを振り払うように声を上げる。こういう時、口火を切るのはいつだって彼なのだ。

「誕生日おめでとう、シリウス。今年も君の誕生日を祝えてよかったよ。」

いつもより少し真面目ぶって、あだ名ではなく名前まで読んで、ジェームズは親友を、魂の双子とさえ思える大切な友を抱きしめた。
またプレゼントは決められないかもしれないけれど、来年もこうやって誕生日を過ごせたら、それが何より幸せだろうなと思いながら、シリウスはジェームズを抱きしめ返した。


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