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ジークフリートさんが冤罪で国を追われた直後くらいの話。
ジークフリートさん夢主は過去に大事な人を手にかけている設定があります。似たようなものを抱えた者同士の傷の舐めあい。
心というものは、柔くまるく、つやつやとして美しいものだそうだ。
だからこそ欠ければ鋭く、朽ちもすれば錆びもする。
あの時以来――おそらく私の、そう、心はどこか欠けてしまったのだろう。
そこから、血なのか涙なのかは知らないが、何かが流れ込んだらしい。欠けた場所からぎざぎざと錆びていくようだ。
だがそれを自覚できる分、私はまだ恵まれているのかもしれない。
”それ”は欠けているだとか、錆びているだとか、そんなこととは無縁でそこにいた。まるで、心など――それどころか、内面など全て無くして外側だけが残っているような暗さでここに辿り着いた。黒衣を纏っていたということもある。しかし、壮絶な絶望感に塗りつぶされた彼は、比喩ではなく、正に真っ暗闇だった。
剣を向けたのは義務感と焦燥、そして哀れみからだ。常ならば口を開く間もなく捉えているというのに、この時ばかりは誰何した。
焦っていたからだ。彼に仕掛けられれば、今の私では心許なかった。だから対話の道を探した。
哀れみもあった。彼に対してではない。私自身に対してだ。立て続けに忠騎士と名高い騎士を相手取るなど、何と哀れな巡り合わせか、と。
それから話を聞くうち、彼を助けることが贖罪になりはしないかと浅ましくも考える自分に気付いた。
私の罪は、私がこの先ひとりで背負っていくものだというのに。贖罪の道を探すなど、なんと烏滸がましいことか。無理矢理その考えを思考の渦に溶かし込み、目の前の、今にも暗闇に消えてしまいそうな友人を繋ぎ止めることに腐心する。
「まだ、錆びて朽ちるわけにはいかないのだろう」
溢れた言葉は、誰に向けたものだったのか。
「まだ、錆びて朽ちるわけにはいかないのだろう」
問うように、言い聞かせるように小さく吐き出された言葉が、やけにはっきりと耳に届いた。あれ以来、どうにも音を拾うのが億劫だった耳に。
隣に座る女も、同じように錆びついたものを抱えている。不意にそう思えて目を上げると、同じようにこちらを覗き込む名前と目が合った。
「冷める前に飲むといい」
それを何ととったのか、彼女は目の前に置いてあったマグカップを渡してくる。甘い香りが立つココアに、溶けかけたマシュマロが2つ浮かんでいた。
「ココア……?」
「なんだ、コーヒーの方が良かったなら淹れてくるが」
「いや……これでいいさ」
彼女は少し笑ったようだ。声はしなかったが空気が揺れ、次いで衣ずれの音がして、背中に腕が回される。子どもをあやすように何度か叩かれた。
「ここにいる間の安全は保証する。さっさと飲んで、さっさと寝ろ」
存外に静かな声だった。
同情など、願い下げだった。
それでも先ほどの名前の、心が欠け落ちるような言葉は――同じものを抱えた彼女の共感は、不思議と自然に受け入れられた。
渡されたマグカップに口をつける。
ココアの温かい甘さが冷えた体に沁み入る心地だった。
すぐ横からも、こくりとココアを飲み、それからほっと息をつく音が聞こえる。
錆びた場所から朽ち果てることもあれば、歪なものが寄り合って何かが生まれることもあるのだろう。
先のことなど何も見えなかったのに、そう思えた夜だった。