夢主は大学生、一人暮らし。
「今からそっち行ってもいい?」
スマホにメッセージが入ったのは23時35分。今どこ、と返せばすぐに、これからESを出るところだと返信がきた。
「いいよ、待ってる」
それじゃあうちに着くのは0時回っちゃうね、でもきっと泉くんだってそれはわかってる。
海を隔てた遠恋だとか、たまに帰国した時も一緒に出歩けないとか、寂しいと思うことはよくあるけれど、今さらそれをどうこういうつもりもない。泉くんに泉くんの夢があるように、私には私の夢があるし、それを邪魔することはしないと決めたのは私たちふたり。忙しい合間を縫って時間を作ってくれるだけで充分だ。
0時12分、インターホンが鳴る。
合鍵は渡していない。彼は基本的に海外だし、その間に私が引っ越すこともあり得るだろうから。実際、春に私がこのマンションに引っ越してから、泉くんが訪ねてきたのは今日を入れて数回だ。
「おかえりなさい」
ドアを開けて彼を迎えると、泉くんはちょっとびっくりしたような顔をしたあと、少し口角を上げて、ただいまと言いながらドアを閉めて鍵をかけた。
——ああ、そういえば「おかえりなさい」と言ったのは今日が初めてかもしれない。
「遅くなってごめん」
いろんな人からのプレゼントが入っているであろう大きな紙袋を部屋に運び込んで、ふいに泉くんは言う。
「いいよ、遅くなるって聞いてたし。事務所のパーティ楽しかった?レオくんすごくはしゃいでそう。」
「うん、——楽しかったよ、自分が主役って気分がいいし。まあ……れおくんは確かに俺よりはしゃぎまわってたし、みんなも楽しんでくれたんじゃない?」
ぶっきらぼうにも聞こえる言い方をするけれど、口調は軽いし、なにより表情も晴れやかで、本当に楽しかったんだというのがひしひしと伝わってくる。レオくんがはしゃぎまわっていたのだって目に浮かぶようだ。
言葉にはしないものの上機嫌で荷物を整理する泉くんを尻目に、お茶でも淹れようかとキッチンに向かおうとしたとき、ふいに伸ばされた泉くんの手が私の手を掴んで引っ張った。そのまま彼がふたり掛けのソファに腰掛けるものだから、手を引かれた私もつられて隣に座る。
「会いたかったよ、やっと会えたねぇ、名前。」
突然言われて驚いた私を、泉くんは幸せの形に少し細めた目でじっと見つめてくる。そのまま掴んでいた私の手を繋ぎ直し——たかと思うと、今度はちょっと意地悪そうな口調で聞いてくる。
「ねえ、名前はどうだったの——ほら、ちゃんと口に出して言って。」
わかっているくせに、泉くんはいつも私に言わせようとする。
「寂しかったよ、私も会いたかった。」
……言葉にすると、本当に寂しかったんだなと実感してしまう。眉や唇が少しだけ曲がったのにもすぐに気づかれてしまった。私はモデルでもアイドルでもないから表情を作るなんて簡単にはできないし、そもそも泉くんはじっと私を見ているのだから。
泉くんの手が伸びてきて、優しい手つきで頭を撫でる。その手は髪を梳りながら下降して、もう片方の手と一緒に私の頬をやんわりと挟み込む。近くなる泉くんの瞳がそうしてと言っていたから、暖かな掌を感じながら目を閉じた。
柔らかく唇が触れて、少ししてまた優しく離れていく。
「俺も寂しかったし、会いたかった。さっきも言ったけど。」
離れた隙間を埋めるように額を合わせて、ほっと息を吐きながら泉くんは囁いてくれた。頬に触れていた手を離して抱きしめられる。
「名前、明日は大学休みでしょ、俺も明日はオフだから、久しぶりにゆっくりしようねぇ」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて幸せを噛み締める。いつもよりたくさん気持ちを言葉にして伝えてくれるのは、今日が特別な日だからだろうか。
——そういえば。私はまだ伝えられていないんだった。
「泉くん、お誕生日おめでとう」
もう日付は変わってしまったけれど。
私が用意したプレゼントはまだ渡せてなくて、机の上に置かれたままだけど。
明日も一緒に居られるのだから、そんなことはどうだっていいよね。