直接的な描写はありませんが、やることやってるのでR-18としています。18歳未満の方の閲覧は禁止です。
※エルヴィン団長が亡くなったあたりから原作読めてません。そこまでの知識で書いています。
その晩は土砂降りだった。雨粒がひっきりなしに窓ガラスを伝っている。
そんな中、ほとんど真っ暗と言っていい部屋に、二人の男女の荒い息遣いが響いていた。女はベッドのシーツを握りしめ、男は女に覆いかぶさっている。
欲望のままに求めあっている二人だが、どこか、何かを忘れようとしているような、救いを求めているようでもあった。
——最低だ。
——こんな、慰めとしての行為を。
——最低だ。
喘ぎ声が一層大きく、切羽詰まったものになり、やがて二人は動きを止めた。互いに交わらない息を吐いて、呼吸を落ち着かせようとする。
「すまない」
エルヴィン・スミスはまだ少し整い切っていない息と声で、自分が組み敷いている人物に声を掛けた。その人物——名前・苗字はまだ荒い息をついていた。腕を自分の目の上に置いているので、表情が読めない。
エルヴィンは体を起こし、そばにあったタオルで彼女の体を拭う。
「すまない……」
そうしながら呟くようにもう一度、エルヴィンは名前への謝罪を口にする。
「……謝らないで……私だって、申し訳なく思ってるんだから……」
名前は腕を目の上にやったまま答えた。
「いや……しかしやはり……」
「謝られたら、もっと惨めになるじゃないの……無理矢理だったわけじゃない。お互い、わかってたことでしょ」
「……君は、いつでも冷静だな」
「冷静なのは、あなただってそうでしょう」
「しかし……」
「ええ。……冷静だったら、こんなことしてないわね、私たち」
ふっと押し黙る。
やがて、腕をどけた名前は苦しいような、悲しいような、複雑な表情で言った。
「ねえ、エルヴィン。これはお互いにとっての慰めよね。明日の朝になれば全部元どおり、いつも通りの私たちよ。……だったら、慰めだって言うんなら、朝までは慰めてくれるのよね?」
「君が、俺にもそうしてくれるのなら。今日のことを、忘れさせてくれるなら」
複雑さを増した名前の瞳。それを見ながら、エルヴィンは彼女を抱きしめた。
——忘れられるだなどとは、思っていない。忘れてはいけない。しかし。
——そう、これは慰め。お互いにとっての慰め。明日になったら、しっかりと向き合わなければならない。
あの壁外調査に——
その日はエルヴィンと名前が分隊長になって初めての壁外調査だった。さらに、今期訓練兵団を卒業した新兵を初めて伴っての調査である。
出発前からどんよりと雲が垂れ込め、夕方に帰還するまではきっと持たないだろうと思われたが、案の定壁外で雨が降り出した。霧も出始めたので、目的の地点まではまだ少し距離があったのだがキース団長は撤退の号令をかけた。
帰路は悲惨だった。降り出した雨が土砂降りに変わり、ミルク色の霧が視界を遮る。そんな中で調査兵団は巨人の群れに襲われたのだ。
最初に遭遇したのが奇行種だった。霧の中から突如現れたその奇行種にまず新兵が恐慌状態に陥った。どうにか隊列を組み直そうとしていた分隊長以下、ほとんどの兵士がそのパニックと天候のために気付かなかった。巨人の群れが接近していることに。
そして、調査兵団は巨人の群れに襲われた。雨が降っているせいで煙弾も使えず、混乱を極めた兵団の中では団長の指示も満足に通らない。熟練度の高い兵士までもが自暴自棄になり、そして殺されていく。散り散りなった兵団を必死の思いで壁に向かわせながら、団長キースと4人の分隊長はかつてない恐怖を感じていた——調査兵団が壊滅するという恐怖を。
ようやくの思いで壁内に帰還した調査兵団の有様たるや、惨憺たるものだった。
4つの分隊はそれぞれ半数以上の兵士を失っていた。一番酷かったのが右翼後方に位置していた分隊で、3分の2以上もの兵士と、分隊長自身が帰らぬ人となった。新兵に至っては、生存者は数名という状況だ。しかもその全員が負傷している。
まさに壊滅状態と言っていい敗北だった。これだけの人員を失い、さらに何の成果も得られなかったというのはここ十数回の壁外調査の中でも最悪の結果だった。
エルヴィンと名前は、ずっと降り続いている雨に打たれながら馬を厩舎に連れて行き、水と飼葉を与えて、また雨に打たれながら調査兵団の建物に戻る途中だった。分隊長が自ら馬を厩舎に戻して世話をすることはあまりない。しかし今は人が足らなすぎるのだ。動ける者ができることをしなければならない。
二人は無言で肩を並べて歩いていた。何か考え込んでいるようで、それでいて実際は何を考えていいのかもわかっていないのかもしれなかった。
「……」
「……」
ゆらりと、二人の足が止まる。前方からキースが歩いてくるのが見えたのだ。同じように雨に打たれている。
「団長」
声を掛けたのはエルヴィンだった。
「エルヴィン……名前……、……今日はもう休め。報告やその他は明日だ」
それだけ言うとキースは手で顔を覆いながら二人のそばを通り過ぎて行った。その背中を、エルヴィンとソフィアは複雑な思いで見つめる。第12代調査兵団団長たる人物の背中は、あんなにも小さかっただろうか。
しばらくキースの歩き去った方を無言で眺めていた二人だが、ふと名前が雨にかき消されてしまいそうな暗い声で休まなきゃね、私たち、と呟いた。
そこに不思議な、それでいて身近な響きを感じたエルヴィンは名前を見たが、自身の影に隠されてしまっていて表情が見えなかった。
「そうだな……」
そうしてまた歩き出した二人の胸中には、何か黒くて大きな塊のような感情が芽生えていた。
「ごめんなさい、ごめん、エルヴィン、……だけど今日はもう……だめなの、今回のこと、どうにも処理しきれない——」
「ああ、すまない、俺の方こそすまない。名前……今日だけは、思考を放棄させてくれ——」
相手の考えていることはよくわかる。自分たちは似たもの同士なのだから。
それならば……お互いに抱いているものが同じなのならば——慰め合いだって、傷の舐め合いだって、できるはず。
夜が明ければ無情な現実と向き合う時が来る。しかし自分たちはそれを越えてゆける。越えて行く。その確信が、二人にはあった。非情な決断も、迷わずに下す自信がある。
だから今夜、全てを封じ込めるのだ。
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