いせさま(@i_se_nk)の企画「OCVnikki」「OCHnikki」に参加したものです。
語られるべき英雄譚
「世界が私を不要とするなら、そうなのでしょう。でも私は止まれない。信じたものを簡単に捨ててしまえるほど、私はできた人間じゃない。
——私を止めるのが、貴方でよかった。」
「貴女の想いは尊いものだった。そのやり方が違う道だっただけで、貴女の想いは僕と同じだ。
——世界が貴女を貶めようと、僕だけは、貴女の想いを覚えておく。誰よりも優しい貴女の記憶だ。」
彼には彼の正義があり、彼女には彼女の正義があった——ただ、彼と彼女の正義は相容れず、彼女の正義が世界にとっての敵であった、それだけ。
互いの信念はよく理解できている。同じ学び舎で姉弟のように育ったのだから。
しかしいつしか、彼と彼女の道は分かたれてしまった。
この苦しみに満ちた世界を救う為に、彼女は世界を一新しようとした。
この世の理不尽を嘆き、救う術を模索し続けていたあの優しい女性を、彼はずっとそばで見てきた。その彼女が最後に出した答えが、世界の一新だった。神になりたかったわけではない。むしろ、世界を救えるのならば自分の命など投げ出しても良いと微笑みながら語っていた。世界に蔓延る理不尽を、嘆きを、痛みを取り払いたいのだと。
彼には彼女の思いが痛いほど理解できた。彼だって、彼女と同じようにこの世の理不尽を嘆いていたから。
しかし彼は、この苦悩や嘆きを受け入れてこそ、真の充足がもたらされるのだと信じた。全ての嘆きや苦悩をなくした世の中では、なにが幸福でなにが安らぎなのかすら分からないではないか、と。
そして二人は袂を別つ。
やがて彼女は、世界中から魔女の烙印を押されることとなった。
世界の一新、それは今ある世界を破壊することと同義であったからだ。世界を破滅させようとする悪。彼女は彼女の正義と信念を貫こうとしたが故に、世界から許されざる存在となってしまった。
彼女の正義を世界は悪と断じ、彼の正義を世界は善とした。
男はその信念により、英雄として今あるがままの世界を守る役目を負う。
もはや対話の時は過ぎた。どちらの正義も、どちらの信念も正しいのならば、対話など最初から意味を成さなかったのだ。
大義の旗を掲げ、英雄はあの魔女を倒すだろう。名もなき人々が、世界中全ての人々がそれを望んでいる。全ての人々の望みを背負い、英雄は義姉とも慕った女を討つ。誰よりも世界を想い、人々の為に全てを捨ててきた彼女を。
英雄の苦悩も、魔女の嘆きも、世界は知らない。いや、知られるべきではない。
語り継がれるべきは、偉大なる英雄が巨悪を倒す、光輝と栄誉に満ちた英雄譚なのだ。
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