Nikki, SS

【企画参加】魔法学園の学生

文坂日向さま(@Nikki_AyskHnt)の企画「魔法学園の学生」に参加したものです・


「あああ!また出てきちゃった!」

振り返って叫んだのはシャルロッテ、今年この学園に入学したばかりの1年生だ。足元にはぽんぽんと花が咲き蔓が伸びている。彼女の一族は代々森を守る役目を負っており、だから皆今のシャルロッテのような草花を生やしたり育てたりといった魔法を生まれた時から備えている。ただ——シャルロッテは少しその力が強いらしい。彼女の意思に関係なく、彼女が歩けば草花が育ち、彼女がくしゃみをすれば花びらが舞う。これではさすがに日常生活にも支障が出るからと、この学園で魔力の制御を学ぶことになったのだ。

「ねえ、ジーン、こういう時どうすればいいんだっけ!」

焦ったシャルロッテは肩にとまっている青い鳥に尋ねる。故郷の森からついてきてくれた使い魔だ——といってもシャルロッテよりよほど知識のある妖精なのだが。ピピ、とジーンはシャルロッテに囀りかける。

『ほら、まず落ち着いて。それから魔道書を開く。2週間前に習ったはずだよ、さあ。』

特に魔法のアドバイスというわけでもなかったが、その言葉に落ち着きを取り戻したシャルロッテはコホンと咳払いをすると、魔道書のページを開いて杖を構えたのだった。


『フロリア、君も人が悪い。わざわざ私を可視化させる必要はなかっただろう?』「そうねえ、でも、その方が効果的だったでしょ。」

フロリア・アイデン先輩。品行方正、成績優秀、優しくて綺麗な、みんなの憧れの先輩。先生たちの間でも、首席卒業はフロリア先輩だってもっぱらの噂。でも誰も、先輩の魔法がどんなものか知らないの。


夜、誰も居ないはずの講堂に青い光が見えた。気になってしまって寮から抜け出して覗き込んだ講堂に浮かんでいたのは——

(月……?)

どうして屋内に月があるのか、とさらに足を踏み入れ近づくと、人の影がぼんやりと見えてきた。と、その時。その人の足元に魔法陣が浮かび上がり、上に立っているその人のベールがばさりと翻って顔が露わになる。

誰なのか分かってしまった驚きは、でもすぐに恐怖に変わってしまった。魔法陣から不気味な青い灯火がたくさん出現して、さらには骸骨の手みたいものまで這い出して来ようとしている。思わず後ずさったら、扉にぶつかって派手な音を立てながら尻餅をついてしまって。その人——フロリア先輩が少し驚いたような顔でこちらを振り向いた。

「あら……見られちゃった?」

先輩は驚いた顔をすぐに笑顔に変えて私に話しかける。

「大丈夫、怖いことなんてないわ。腕が鈍るから練習してただけ。怪我はしてない?」

先輩は勝手に覗き見して勝手に転んだ私の心配をしてくれる。私は私で、いつもの先輩の声を聞いて安心したのかさっきより怖さもましになってきた。

「ごめんなさいね、怖がらせてしまって。私の家はね、死霊魔術の家系なの。でも、死霊魔術って印象が悪いでしょう?だから学園では隠してるの。」

先輩が私の手を取って立ち上がらせてくれる。ありがとうございます、とお礼を言おうと先輩を見上げて——また私は腰を抜かしそうになった。骸骨だ。先輩を後ろから抱きしめるように浮かんでいる。声も出せず固まった私をみて、先輩はもう一度優しく微笑んだ。

「ああ、彼は私の使い魔。取って食べたりはしないわ。ねえ、私、私が死霊魔術師だって学園の人たちに知られたくないの。今日見たことは、誰にも言わないでね。約束よ?」

無言で頷くしかなかった。私は講堂の入り口まで付き添ってくれた先輩にそそくさと礼をして、逃げるように自分の部屋にたどり着くとベッドに潜り込んだ。


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【企画参加】ミラニキ暗黒童話

りぃさま(@rii_nikki_2)の企画「暗黒童話」に参加したものです。


うそ、なんで、どうして。
礼を言おう、愚かな人の子。
どこで間違えたの?こんな、こんな——
その傲慢な知識欲が妾を喚び寄せた。
違う、私が喚びたかったのは、こんな
妾を喚び出したこと、名誉に思うが良い。
悪魔なんかじゃなかったのに——!
なに、命までは取らぬ。その体、妾が使ってやろう。
痛い、やめて、やめて!
ほうら、痛かろう。
頭が割れちゃう!背中が裂けちゃう!
もう角も翼も生えてしまったぞ?
なんで、なんでこうなったの?
抗うことは叶わぬ。思考など無意味。
いやだ…私の体、私の体、なのに…!
何、心配などせずとも良い。
やだやだ、だれか、
大人しく妾にそなたの体を明け渡すが良い。
だれか、助け——
そら——もう遅い!

——久方ぶりの人の体も悪くないものよ。
さて、先ずは腹を満たさねばなるまい。
喜べ、人の子。妾に体を差し出した褒美である。親の血肉を味わう甘美をまず教えてやろう。


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【企画参加】祈りの星の物語

猫おやぢさま(@popokiuncle)の企画「祈りの星の物語」に参加したものです。


ひらひら、きらり

Puleの目の端に、きらりと何かが映りました。でも、Puleがそちらを向いても光るものなどありません。
と、また、きらり。
Puleは辺りを見回します。
「星屑、だね」
白うさぎは指さします。
ひらり、ひら、ひら。
小さな星のかけらが、ふわりと舞いながらPuleの横を足下の青い星へと落ちて行くのです。そして、しばらく舞い落ちた星屑は突然きらりと輝き、消えました。
気づいてみれば、そこかしこで星屑たちが花のように舞い落ち、その身が焼き尽くされる瞬間にきらりと光っていました。
「あれも、君の輝き?」
白うさぎは尋ねます。
あれが、あれも、私の輝き?

それは、命の輝き。命そのもの。
星屑たちの命が燃え尽きる瞬間に輝く、美しい光。
その強さに、その儚さに、その美しさに、Puleは涙を流します。——あんな美しさを、私も持っているかしら?

Puleは目の前を舞った小さな小さな星屑を両手で受け止めると、ぎゅっと抱きしめました。
その時感じた暖かさを、きっとPuleは忘れないでしょう。
命あるものの輝きを、こうしてPuleは知ったのでした。


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【企画参加】Battle of Fairy Tales

甘星めるあさま(@merua___niki)の企画「Battle of Fairy Tales」に参加したものです。


百鬼夜行

わたし、欠陥品なんだって。
ずーっとそう言われて育ってきた。
わたし、欠陥品なんだって。
だからずーっと鎖に繋がれてた。

うちはね、一族みーんな、「慈愛にみちていて」「正しいことをして」いるんだって。
でもね、わたし、欠陥品だから。
それがどういうことか、わからないの。

あはは、でもほら、見て、見て!これからはわたしが正しいの!
慈愛?正義?それで編まれた鎖が何の役に立つっていうの?ほら、こんなに簡単に千切れちゃった。

あははは、これからはわたしが正義!
みーんな、嬲って、千切って、切り刻んであげる。


落花

やだ。やだやだ。こんなのってない。
儚い花の精は泣きながら逃げる。

いきなり殺し合いを迫られた。やらなければ首が締まるのだと。
だから少女は逃げた。
どこか遠くへ。どこでもいいから、この呪いが効かない場所へ。

とめどなく溢れる涙でもう前も見えない。それでもがむしゃらに前に進んで——ふと気づくとそこは、不気味な森の中。
少女は気付く。私はここで死んでいくのだ。
蜘蛛の巣が少女を締め上げ、真白な骸骨の手が少女を引きずり倒そうとする。

ああ、どうして——
あと少し、早く生まれていたら。そうすれば、静かに安らかに散っていけただろうに。

森が少女を喰らうのが先か。
血のような赤い鎖が少女の首を握りつぶすのが先か。

少女は薄れゆく意識の中で、精一杯に手を伸ばす。せめてもの希望を、最後に残った自身の花を風に乗せて飛ばすように。


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【企画参加】人外ニキ

鈴木さま(@renka_nikki)の企画「人外ニキ」に参加したもの。


Bringer of Summer

それは、果てを知らないあの青空。
輝き渡るあの白い雲。
この世のいのちを集めたようなあの強い日差し。
それを受けて煌めく木々のあの緑。
空を映した深く明るいあの海。
暑く、それでいて爽やかに吹き抜けるあの風。
——彼女は夏をもたらすもの。

それは、火照った大地を鎮めるあの雨。
気だるい暑さの名残を残すあの夕暮れ。
暮れない昼に忍び来るあの夜の帳。
高い空に輝きを競うあの星々。
いのちに溢れる1日を労うあの潮騒。
束の間の休息を見守るあの細い月。
彼女は夏の妖精。夏をもたらすもの。

水と氷のオルゴール

彼女は愛の曲を奏でるよう作られた。大切に作られ、大切に飾られ、それ故に彼女は心を持った。
彼女の心にあるのは、愛、ただそれだけ。
彼女が自身を自覚してから幾星霜。彼女は今も、独りで愛の曲を奏で続ける。
愛しか知らぬ彼女の心は、求めども求めども与えられぬ愛に熱い涙を零す。とめどなく溢れる涙は台座を滑り落ち、彼女の周りを水で満たしていく。しかし、愛しか知らぬ故に愛を理解できぬ彼女の心は凍てついていて、零れ落ちた涙はその冷気に美しい結晶となって凍ってゆく。
彼女は愛の曲を奏でるよう作られた。過去から現在、未来まで、彼女は永劫、愛の曲を奏で続ける。


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【企画参加】OCVnikki / OCHnikki

いせさま(@i_se_nk)の企画「OCVnikki」「OCHnikki」に参加したものです。


語られるべき英雄譚

「世界が私を不要とするなら、そうなのでしょう。でも私は止まれない。信じたものを簡単に捨ててしまえるほど、私はできた人間じゃない。
——私を止めるのが、貴方でよかった。」
「貴女の想いは尊いものだった。そのやり方が違う道だっただけで、貴女の想いは僕と同じだ。
——世界が貴女を貶めようと、僕だけは、貴女の想いを覚えておく。誰よりも優しい貴女の記憶だ。」

彼には彼の正義があり、彼女には彼女の正義があった——ただ、彼と彼女の正義は相容れず、彼女の正義が世界にとっての敵であった、それだけ。

互いの信念はよく理解できている。同じ学び舎で姉弟のように育ったのだから。
しかしいつしか、彼と彼女の道は分かたれてしまった。

この苦しみに満ちた世界を救う為に、彼女は世界を一新しようとした。
この世の理不尽を嘆き、救う術を模索し続けていたあの優しい女性を、彼はずっとそばで見てきた。その彼女が最後に出した答えが、世界の一新だった。神になりたかったわけではない。むしろ、世界を救えるのならば自分の命など投げ出しても良いと微笑みながら語っていた。世界に蔓延る理不尽を、嘆きを、痛みを取り払いたいのだと。

彼には彼女の思いが痛いほど理解できた。彼だって、彼女と同じようにこの世の理不尽を嘆いていたから。
しかし彼は、この苦悩や嘆きを受け入れてこそ、真の充足がもたらされるのだと信じた。全ての嘆きや苦悩をなくした世の中では、なにが幸福でなにが安らぎなのかすら分からないではないか、と。

そして二人は袂を別つ。

やがて彼女は、世界中から魔女の烙印を押されることとなった。
世界の一新、それは今ある世界を破壊することと同義であったからだ。世界を破滅させようとする悪。彼女は彼女の正義と信念を貫こうとしたが故に、世界から許されざる存在となってしまった。
彼女の正義を世界は悪と断じ、彼の正義を世界は善とした。

男はその信念により、英雄として今あるがままの世界を守る役目を負う。
もはや対話の時は過ぎた。どちらの正義も、どちらの信念も正しいのならば、対話など最初から意味を成さなかったのだ。

大義の旗を掲げ、英雄はあの魔女を倒すだろう。名もなき人々が、世界中全ての人々がそれを望んでいる。全ての人々の望みを背負い、英雄は義姉とも慕った女を討つ。誰よりも世界を想い、人々の為に全てを捨ててきた彼女を。
英雄の苦悩も、魔女の嘆きも、世界は知らない。いや、知られるべきではない。

語り継がれるべきは、偉大なる英雄が巨悪を倒す、光輝と栄誉に満ちた英雄譚なのだ。


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Nikki, SS

最後の旅

月明かりで目が覚めた。
これまでにないほど気分が良く、なにより体が軽い。
思わずベッドから降りて窓辺へと歩み寄る。幼い頃から病弱で、ほとんどベッドから出たこともない、ましてやまともに歩けたことなど皆無に等しいというのに。——特に昨日など、意識すら保っていられないほど状態が悪かったというのに。

月明かりに照らされた屋敷の外は、彼女の知っている庭とは全く違っていて——そこにあったのは、一面の静かな花畑。確かにそこにあるのに、瞬きをするとふわりと消えてしまいそうな花々だった。
急いでクローゼットを開け、外に出られる服を探す。あの美しい花畑に、まさか寝間着のまま足を踏み入れるわけにもいかない。しかし出てくるのは、今彼女が身につけているのと同じような服ばかり。それもそうだ、だって彼女が今までどこかに出かけられたことなどないのだから。
それでもようやく、クローゼットの1番奥からよそ行きのドレスや帽子、靴なんかを見つけ出し、精一杯にめかしこむ。
十数年を経てようやくその役目を果たした姿見の前に立ち、彼女はくるりと一回転した。大丈夫、歩ける。それどころか走り出せそうなくらい。

部屋のドアをそっと開け、寝静まった屋敷の廊下を進む。玄関にたどり着き、外へ通じる扉を開くと、あまりの明るさに目が眩んだ。月明かりと、それを受けて輝く花々のせいだ。
ふと扉のそばに目をやると、黒い日傘が立て掛けてある。彼女の出で立ちに良く合った、美しい傘だ。
ちょうど良いわ。彼女は迷わずそれを手に取り、優雅な仕草で傘を開いた。
それにしてもこの日傘、いつか窓から見たお葬式で女性たちが差していたものがこんな感じだったわ。誰かのお葬式でもあったのかしら。
ちらりとよぎった考えは、しかしすぐに消えた。花畑への一歩を踏み出した時、彼女の足の先に花々で彩られた階段が現れたからだ。
階段は霞を集めたように透きとおり、淡い光を放つ。その先には明るい三日月が見えた。

迎えが来たのだと、彼女は気づく。この階段を登れば、もう戻っては来られないだろうと、彼女の感覚が告げている。

幼い頃から、そう遠くない未来にこの時が来ることは覚悟していた。まだ少女と呼ばれる年齢を脱してもいないのに、彼女は覚悟してしまっていた。
だから、彼女は自分に心残りなどない。

一度だけ屋敷を振り返り、穏やかな微笑みを湛えた少女は、軽やかな足取りで階段を登り始めた。


データをなくしてしまったので画像はありません。


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Nikki, カルファ王国のお伽噺

カルファ王国のお伽噺

信仰心/明けの明星

私は最も神に近く、比類なき智と比類なき美をもつ明けの明星。私が光を増すほどに、彼の方は遠ざかる。私が光を増すほどに、私の影は黒くなる。彼の方の前に私は立つ。私は彼の方の盾であり、名代であるのだから。であれば、弱き者どもよ、貴方がたが見るのは彼の方ではない。貴方がたが見るのは名代たる私のみ。——貴方がたにとって、神とは誰の姿をしているのか?


信仰心/明けの明星——堕天

弱き者どもよ、汝らが祈るのは誰だ?神はどんな姿をしている?汝らが見る神は我が姿。汝らは神の名代たる我が姿しか、その目に映すことはできぬ。であれば——汝らの祈る神は、すなわち我ではないか。——見よ、我が姿を!地の底へ堕ちてなお、光り輝く我が叡智を!我が美を!神の力を持ってさえ、この私から奪うことなどできぬのだ!


信仰心/守護者

其は我らと神世を繋ぐ使者。守護者であり、審判者。悪魔を祓う天の総帥。大天使は問う。「誰が神のようになれようか。」それは、戒め。もう二度と、天におわす彼の方になり代わろうなどと思わぬように——かつてのあの光輝、あの明星の轍を踏まぬように。それは、祝福。
我らの定めある命を肯定し、我らがあるがままを愛せるように。
其の剣は我らを守る為に。其の軍は父なる神を守る為に。


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Nikki, どこでもない博物館

“月”を冠するその瞳

夜の闇、そこからふわりと溶けだしてきたような黒装束の女。その双眸が、月の光を受けて輝いている。
彼女の名はセレーネ・ティターニア。どこにあるとも知れない、あの博物館の館長だ。
月の女神、あるいは月そのものの名を持つ彼女は、その名に相応しい力を備えていた。身体能力が優れているとか、不思議な力を使えるとか、そういうものではない。彼女が特別なのは、その瞳のせいだった。
彼女の、月の光を集めたように蒼白く輝く瞳は千里を見通す――物事の本質を否応なしに見抜くのだ。
世界中に散らばり、正当な評価も受けず、あるいは隠され虐げられてきた美を集め、保護するのが、博物館長である彼女の役目。
この博物館は彼女の砦、彼女そのもの。彼女の瞳が保証した、他では決して見ることなどできない美術品たちは、彼女の誇りであり、愛すべき存在である。たとえそれが、その美しさゆえに大きな危険を孕むものだったとしても――

彼女は今日も夜を歩く。
世界に埋もれた美術品はまだ数限りない。今日は、あの森の奥に住まう”藤の奥方”に呼ばれて来たのだが、示されたのは一枚の絵。

「綺麗でしょう、<月の瞳>モンデンアウゲン?でもきっと、これはここに置いておけば気味悪がられ、負の感情しか寄せ付けなくなる。だから貴女に託したいの。——受けてくださる?」
「ええ、もちろんです、<藤の奥方>マダム・ウィステリア。」
セレーネはその瞳を絵に向けて言う。
「この純粋で儚く、美しさしか知らない作品は、まさに我が博物館に展示するに相応しい。——この絵のために、静かで月明かりの差す一角を空けておきましょう。」

月が照らす道を博物館へと辿りながら、セレーネはアシュリー・スワンを思い浮かべた。
最近は絵を持ち帰ることがなかったから、きっとアシュリーは喜ぶだろう。もしかしたら何日も徹夜でこの絵を調べ上げるかもしれない。
それを苦笑しつつ手伝うルイ=アルベールに、庭師としてもこの絵に興味を示すルーチェ。ミヒャエルはきっと、このことをあの天使に話すのだろう。

人知れず微笑を零し、セレーネは帰路を急ぐ。美しき美術品が咲き誇るあの花園へと。彼女の家へと。

博物館館長 セレーネ・ティターニア
月の女神、あるいは月そのものの名を持つ。その蒼い瞳は美術品の本質や価値を的確に見抜く。美術品だけでなく人の本質も見抜いてしまう。博物館にある展示品は、ほとんど彼女が自ら集めてきたもの。藤の奥方と親交があるとかないとか。


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Nikki, どこでもない博物館

世界を切り取る

決して主役にはならないし、なってはいけない。それが額縁。それが台座。そしてそれを作るのが、僕。
館長たちに展示品の謂れを教わり、自分でも実際に見て(見て大丈夫なものだったら、の話だけど)、デザインを決める。楽しい。頭の中にある形になっていない要素を、紙の上で構築していく作業だ。
最も相応しい素材を選び、デザインを素材に書き映して、いよいよ彫り始める。ああ、楽しい。模様と自分を同化させるような。ただの素材だったものに命を吹き込むような。
僕の作品は、展示品と外の世界を分ける境界線だ。これがあるから、見る人は、何て言うんだろう。安心して鑑賞できると自負しているし、展示品の方もやっと落ち着けると信じている。

今までたくさんのものを作ってきた。でも、檻を作るのは初めてだ。

何でも、博物館に天使がやってくるらしい。形容詞ではない。本物の天使だそうだ。天から降りてきたのはいいが、羽ばたく力が足りず、帰れなくなったとか。だからしばらくここで面倒を見るが、出歩かれても困るから隔離するらしい。確かに、建物の外の空間はいつでも組み変わっていて迷うとそれこそ一大事だし、見たら危険な絵なんかもある。人の指図など受けないだろうからまあ、納得の処遇ではある。
それでも僕は、天使を檻に閉じ込めるのは気が引けた。だから、実際にその天使に会ってみて、檻以外に何か隔離法がないか探すことにしたのだけれど。

いきなり横から殴られたような衝撃。
天使は幼げな女の子の姿をしていた。その美しさ、儚さ、純粋さ、高貴さといったら。
ふわりふわりと漂うように浮かび、たまに羽が舞い落ちる。光の粒が彼女を取り囲んでいて、身動きをするたびにその粒が動き回る。春の息吹をそのまま色にしたかのような瞳が僕を見つめる。——それで、それだけで、僕は天使に恋をした。

いつでも出ていけるよう、鍵はつけまいと思っていた。
でも、だめだ。鍵がないと、天使は僕のところから消えてしまう。すぐに壊れてしまう檻でもだめだ。僕のところから逃げてしまう。
天使がいなくなるだなんて考えられない。絶対に、嫌だ……!

鍵は最高級に頑丈なものを。
檻は最高級に硬く靭やかな素材を。
ああ、檻は美しくない。天使が使うのだから、最高に美しくなくては。——そうだ、鳥籠はどうだろう?僕の全てをかけて作り上げる、繊細で美しく靭やかな鳥籠。
ああ、嗚呼、早くあの愛しい天使を、僕の鳥籠に閉じ込めてしまいたい——

額縁職人 ミヒャエル
展示品に最も合うデザインの額縁や台座を製作している。天使の鳥籠を作ったのも彼。彼の作る額縁や台座は、それだけで美術品となり得るほどの出来栄え。天使に恋心を抱き、天に帰してやりたいと思い鍵を開けようとするも、そうすれば天使はいなくなってしまうと知り閉じ込める。


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