路地の奥から、金色の光がほんのり漏れていて雨上がりの濡れた石畳を照らしている。普段なら入らない、否、目に留まることもない細い路地だというのに、なぜだかミーシャはその金色に惹かれた。
〈骨董・古美術 天蓋臥榻〉
優美に曲がりくねった文字で書かれた店の名。その横のショーウィンドウから、金色の光は漏れている。
揺らめく光に誘われて、ミーシャはショーウィンドウを覗き込む。そこに広がっていたのはあまりにも美しい一つの、完成された世界だった。
異国を思わせる意匠の小部屋、色とりどりの玻璃のランプの柔らかな光が、繊細な陰影を描き出している。
その中央に少女はいた。
宝石箱のような椅子に腰掛けた人形。ミーシャは一瞬で心を奪われた。
水のように流れる繊細な衣服を身に纏った肌は本物の人のように艶めいていて、金色から段々と暗く青く変じていく長い髪は緩いウェーブを描いて肩や背を落ちる。
それだけでも息を呑む美しさだというのに。
きっと、彼女を作った人形師は、技術と情熱の全てを彼女の表情に込めたのだ。
ふわりと閉じられた両眼を縁取る長い睫毛。あどけなく、それでいて優美に少しだけ開かれた唇。幸せな夢を見ているのだろう、目元や唇に少しづつ薄紅色が差してある様は狂おしいほどの色香を漂わせながらも決して上品さや無垢さを損なうものではない。
そこに差すランプの柔らかな光。玻璃の反射を受けて、刻一刻と彼女の顔の陰影は移り変わり、様々な表情を浮かび上がらせる。髪や服も同じようにランプの光にきらきらと煌めいていて、それがさらに宝石となって彼女を飾っている。
飾られた花々も、眠る人形も、一つとして本当に生きているものはないというのに、それらは、その小部屋は、あまりにも生き生きとしすぎている。同時に、あまりに美しくあまりに緻密にすぎて、それ故に全く生を感じさせない静謐な場所でもあった。
どれだけの時間、立ち竦むようにショーウィンドウを眺めていただろう。
ミーシャは夢から覚めるように瞬いて、自分が細い路地に立っていることを思い出した。
まだ夢を見ているように溜息を零す。
「ジェマ」
傍に控える侍女を呼んだ。「店主に伝えて。
私、あの子が欲しいわ。」