Nikki, どこでもない博物館

世界を切り取る

決して主役にはならないし、なってはいけない。それが額縁。それが台座。そしてそれを作るのが、僕。
館長たちに展示品の謂れを教わり、自分でも実際に見て(見て大丈夫なものだったら、の話だけど)、デザインを決める。楽しい。頭の中にある形になっていない要素を、紙の上で構築していく作業だ。
最も相応しい素材を選び、デザインを素材に書き映して、いよいよ彫り始める。ああ、楽しい。模様と自分を同化させるような。ただの素材だったものに命を吹き込むような。
僕の作品は、展示品と外の世界を分ける境界線だ。これがあるから、見る人は、何て言うんだろう。安心して鑑賞できると自負しているし、展示品の方もやっと落ち着けると信じている。

今までたくさんのものを作ってきた。でも、檻を作るのは初めてだ。

何でも、博物館に天使がやってくるらしい。形容詞ではない。本物の天使だそうだ。天から降りてきたのはいいが、羽ばたく力が足りず、帰れなくなったとか。だからしばらくここで面倒を見るが、出歩かれても困るから隔離するらしい。確かに、建物の外の空間はいつでも組み変わっていて迷うとそれこそ一大事だし、見たら危険な絵なんかもある。人の指図など受けないだろうからまあ、納得の処遇ではある。
それでも僕は、天使を檻に閉じ込めるのは気が引けた。だから、実際にその天使に会ってみて、檻以外に何か隔離法がないか探すことにしたのだけれど。

いきなり横から殴られたような衝撃。
天使は幼げな女の子の姿をしていた。その美しさ、儚さ、純粋さ、高貴さといったら。
ふわりふわりと漂うように浮かび、たまに羽が舞い落ちる。光の粒が彼女を取り囲んでいて、身動きをするたびにその粒が動き回る。春の息吹をそのまま色にしたかのような瞳が僕を見つめる。——それで、それだけで、僕は天使に恋をした。

いつでも出ていけるよう、鍵はつけまいと思っていた。
でも、だめだ。鍵がないと、天使は僕のところから消えてしまう。すぐに壊れてしまう檻でもだめだ。僕のところから逃げてしまう。
天使がいなくなるだなんて考えられない。絶対に、嫌だ……!

鍵は最高級に頑丈なものを。
檻は最高級に硬く靭やかな素材を。
ああ、檻は美しくない。天使が使うのだから、最高に美しくなくては。——そうだ、鳥籠はどうだろう?僕の全てをかけて作り上げる、繊細で美しく靭やかな鳥籠。
ああ、嗚呼、早くあの愛しい天使を、僕の鳥籠に閉じ込めてしまいたい——

額縁職人 ミヒャエル
展示品に最も合うデザインの額縁や台座を製作している。天使の鳥籠を作ったのも彼。彼の作る額縁や台座は、それだけで美術品となり得るほどの出来栄え。天使に恋心を抱き、天に帰してやりたいと思い鍵を開けようとするも、そうすれば天使はいなくなってしまうと知り閉じ込める。


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